さて、このように価値観の相違と、人間関係への割り切りっぷり、さらに非性愛とはなにかを、お話しました。話したようで実は有耶無耶にしたまま、お話を進めましょう。理解できないことはさておき。おいてて良いんです。
切身魚どんが非性愛だということには、一つの利点があります。
それは、性的なお話を、人肉への一切の幻想も愛情もなしに淡々と語れるということ。
人肉という表現に、「ひどい」と感じられましたか?
それは、貴方が人肉愛好癖だからです。
「ゴキブリ食が普通の人」であれば、「ゴキブリなんて不潔で不味いに決まってる」という表現を「ひ、ひどい・・・こんなに美味しいのに」と感じる。感じるだろうと、思います。
人肉愛好癖の人、特に異性の人肉愛好癖の人は、たいてい『ノーマル』とか『ストレート』だといわれていますね。でも、愛好癖ということは、対象に幻想、何らかのファンタジーやロマンを感じることです。お話する際、絶対どこかにハァハァする気持ちや、願いや欲望が混じってしまうでしょう。
巨乳好きのおじいさんやヒンニュウスキのお姉さんのお話に、『ハァハァ気分』が混じってないわけ、ありません。なお、政治的適切性を担保するため追記しますと、巨乳好きのおばあさんやヒンニュウスキのお兄さんも、同様のお話をするに違い在りません。
くだけた表現をすれば、「好きなものを語る際に、主観が混じらないはずはない」のです。
それは、世の中のほかのテーマであればもっとオープンに語れるのでしょうが、性的なお話となると、それこそ国連事務総長ファン・ギムンさんの演説のように「語りづらい、語りづらいが故に今まで放置されてきた問題」なのです。