いじめ問題の歪曲

『青少年による恐喝・暴行・虐待・強盗などの後の人間関係』

いじめ、なんて平仮名のおやさしい言葉は用いません。青少年による青少年への

恐喝・暴行・虐待・強盗・名誉毀損等の犯罪行為

です。

そういう犯罪をした側と、された被害者側の「その後の関係」はどうあれば、被害者側は自殺せずに済んだのでしょう。

仲良く、といった曖昧な用語で定義できる関係ではないはずです。具体的に、個別のシチュエーション、個別の対応が必要です。

被害者側が全てのシチュエーションにおいて、加害者に対し寛容に、全ての利害を相手側に利となるよう遠慮する」

のは、違う。

加害者側が全てのシチュエーションにおいて、被害者に対し寛容に、全ての利害を相手側に利となるよう遠慮する」

のも、違います。どちらも言葉の位置が変わっただけで、「歪んだ力関係」であることに変わりはないでしょう?だとすれば、

「歪んだ力関係を作らない」

コトが、まずは自死を食い止める最大にして、最強の地盤ではないでしょうか。

だからこそ『規範』による硬直化した人間育成には疑問を持ちます。

特定の教育技術や団体を悪者にして、解決できる話でしたっけ?

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

This blog is kept spam free by WP-SpamFree.

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください