コミケ一日目ですので

いろいろ習いながらのお仕事でしみじみ痛感すること。
「それが普通」とか「お母さんが善かった」とか言う人々は、善意の塊であるということ。
その人々の善意の世界に、日本人の顔をした性的少数者は居ないし、性的虐待からのサバイバーは居ないし、まして母親が汚屋敷製造者な人も居ない。

「ああこの人たちの世界に、私は居ないのだなぁ」

としみじみ実感します。
そして、それでは等閑に付す、それでよいのです。
居ない者の権利は認識されない。
いずれ『居る者』となるべく、今は執着せずにおりましょう。反論したい気分も、怒りも、嘆きも、覚えずにおきましょう。 我が心には、そういうモノの入り込む余地を作りません予定。
人生の楽しみはつきませんのぅ!はっはっはっはっ。

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