スピンアウト作品:魔術師ナナエと女傭兵

死霊魔術

塔に帰り着くと、陽が傾いていた。魔術師が何か囁くと、荷物を下ろしてもらった水牛は山羊を従えて、羊歯の茂みへと入っていく。シファカが別方向の蘇鉄の木にジャンプして、葉を鳴らして消えた。
台所の扉を開けると、夕飯が湯気を立てて待っていた。三人分のパンケーキと、黒スグリのジャム、バナナの房、白っぽい葡萄の山もりになった籠。
「これって魔術で用意したものなのでしょうか、マリュフ殿」
恐る恐る、といった様子で小声で尋ねる騎士。
「聞いてみれば」
怖いくらいにしわがれた声にたじろぎながらも、ローレン卿は
「いや、私よりはマリュフ殿のほうが」
とすがるような表情になった。だが、女傭兵は肩をすくめる。
「理解できそうにないから、聞かない」
「なるほど」
バン・チオン人の魔法観は強固な、人によっては『頑固な』とも表現する、現実認識である。
理解できなくても、実利があればいい魔法。
害があるなら、敵と認定。
理解できなくても自分が困らないなら、万事問題なし。
騎士はあきらめた。これ以上しつこく尋ねると殴られそうだ、という知識はある。バン・チオン人に二回以上同じ事を言わせるのは、執拗とみなされる。
さすがに今宵の夕餉まで自分で造った!とか言わないあたり、魔術師ナナエは正直者だった。そして、ローレン卿には冷たかった。
「予定外の客に、部屋はないからぁ、台所で寝てくれる?あ、あと毛布いる?床に敷く用とかぶる用の二枚」
「台所で寝るの前提で質問してますよね、魔術師ナナエ殿」
「当たり前じゃーん。招かれざる客って自覚してよ」
食後の薄荷入り茶を、酒杯のようにかかげ、魔術師ナナエは椅子の背にもたれた。
「吾輩の塔でお預かりしてるお嬢様に指一本触れさせはしませんからねー、だ」
冗談だがな、と付け足した割に、目は笑っていなかった。むき出しの警戒心。(どんな話を聞かせようとも、お前は背景の知れない乱入者だ)と、金色の瞳が言っている。その左手を、マリュフのほうへつい、と伸ばした。
「ほいこれ。ドアの鍵ね」
手のひらに落とされたのは、金色の鍵だった。40目前の女傭兵を『お嬢さま』呼ばわりするのはあきれたが、本気でローレン卿を締め出す気らしい。燭台をもって上階にゆく際も、階段の上で
「いい?ちゃんと鍵をかけるんですよ?ちょっとでも変な物音したらすぐ呼びなさいね?吾輩すっ飛んでくるから。余裕で飛ぶから。むしろ面倒を起こしてくれたら始末する口実が出来て一石二鳥」
と、真面目さが若干多めの口調で言い聞かせてくるのだ。
「本当に毛布二枚っきりなんですね……」
と、悲し気に呟いた騎士と、マリュフでは、ここまで扱いが違う。それが可笑しくて、マリュフは頷いて従った。
翌朝、台所に降りてゆくと、

「何もしないとか馬鹿なの君ぃ。吾輩はさー、悪さをした乱入者を速攻でぶち殺して死体を庭に埋めようと、一晩じゅうウキウキルンルン気分で待ち構えてたのにー、そういうイベント期待してたのにー」
「ま、魔術師ナナエ殿、そういう無体なことを言われましても」

陰険な上司に絡まれる、気弱な新人の構図だった。
パンケーキをフォークで穴だらけにする魔術師と、宮廷仕込みのマナーでパンケーキを口に運ぶ騎士を前に、マリュフは思わず笑いそうになった。声を聞かせないよう、口元を覆っていると、
「起きたか?今日は吾輩の大魔術師なところをみせちゃるから、楽しみになぁ!」
と魔術師が声をかけ、ガラスの鉢いっぱいの苺と、ヨーグルトと、蜂蜜を勧めてきた。隣の皿には、梨が皮つきで置いてある。ここまで季節感が仕事をしてない食卓は、珍しいが、美味しいので許すことにした。
黙って苺にヨーグルトを乗せていると、魔術師は奇妙なまなざしでマリュフを見つめている。
知るか、と目をそらしてパンの塊を千切り始めると、魔術師ナナエがしゃべりだした。
「お弁当は吾輩が作ってあげたからー、皆で食べよーねー」
その横で、騎士ローレンが蜂蜜をたっぷりかけたパンケーキ(マリュフが台所に降りてきてから四枚目)を、ナイフで切り分ける動きを止めた。
「魔術師ナナエ殿?『皆』っていうのは」
「吾輩とー、マリュフとー、使い魔のシファカとー、お荷物決定のお前さんじゃねーか」
名をあげた相手を指さしながら、最後に軽蔑混じりの笑顔で、ローレン卿を指さす魔術師。
「お荷物って……」
眉が下がって、肩も下げた騎士は、本当に精神的に落ち込んでいる。
(一晩寝たんだ。若いんだし。私よりはお荷物にならないと思うぞ)
とは思ったが、マリュフは言わなかった。魔術師ナナエが不思議な視線を送ってきているのは、肌に感じられそうなほどだったが、無視した。
『吾輩が作ってあげたお弁当』とは、パンと、冷やした茹で豚肉と、杏に桃、林檎がたくさん詰まったバスケットだった。
(パンと茹で豚以外、果樹からもいできたものばかりだし、果物を取ってくるのは使い魔の得意技じゃないか……)
と思ったら、案の定、ローレン卿が、
「パンと豚肉以外、人の手が関わってませんよ」
と口にした。してしまった。彼の目の前に、バスケットを魔術師が差し出す。
「荷物持ち決定な、お荷物騎士」
バスケットに、瓶入りのエール数本が追加された。重たいだろうが、ローレン卿は文句を言わないだけの従順さを備えた人物だった。
後片付けを終えて台所から出ると、昨日の山羊が待っていた。人の姿に顔も上げず、メェ、とも鳴かない。
マリュフがふと、鼻にしわを寄せた。その様子を目ざとく見つけて、魔術師ナナエは口元に指を立て、沈黙を指示する。
歩き出した魔術師の後ろを、山羊と、短剣を帯びたマリュフと、バスケットを抱えた平服の若者が歩く。
道ではないところを歩くように見えて、ナナノナナエニヒトツカケは行先をきちんとわかっているようだ。なだらかに起伏のある斜面を登って行っている。右手のほうから、水の流れる音と、温い風が吹いてくる。暖かさと、湿りけを感じる風だ。
温水の流れる小川だと説明され、見に行くと、岩肌を流れる温水が、卵を落としたらあっという間に茹ってしまう温度だった。シファカが近寄らせたがらなかったのも、うなずける。
細い木が数本倒れてできた空き地に、一行は入って行った。魔術師ナナエが頷いたので、この場所でよいらしい。山羊は倒れた樹木の脇に、四肢を折ってうずくまる。湾曲した刀のような角の間に、魔術師が手を載せた。
「ここで『生命の環』に組み込まれることにするか?よしよし、お前の『ユウキブツ』は残らず有効活用してやるからな」
謎めいた言葉だが、呪文のたぐいではなさそうだ。
だが、掌の下で、山羊の首が地面に落ちた。毛皮がへこみ、肉が腐り落ちると同時に、山羊の体の随所を赤や黄色、緑の色彩がさまざまな鮮やかさと深みをもって覆う。それが苔だと気づいたとき、綿を詰めたような苔の上に、茸が何本も白いレース編みのような笠をひろげた。
温かい風に、ふわっ、と胞子が舞う。紺色の苔の上だったので、白い霧のような胞子が見えた。すでに山羊の体は、肉と腱が無くなり、毛皮の代わりに蘚苔類が覆う。骨の上にも広がり始めている。
一回深呼吸して、魔術師ナナエが立ち上がる。腐葉土、甘い花の香り、水辺の香草の匂い、そういった匂いが混じりあった空気を、マリュフは感じた。その時まで、自分が息を止めて見守っていたことも。
嫌な予感がして、自分の肩や回りの木々を見回す。
枯葉が積もっていたり、木が伸びていたりはしなかった。
ひひひ、という笑い声に目を向けると、魔術師ナナエがローブのすそを払っているところだった。
「庭の植物に肥料をやっただけじゃん。吾輩がしたのは、死ぬ寸前の山羊をもらったことと、一部が死体の山羊を死にたい場所まで歩かせることと、後は森んなかで植物がやってることを速くしただけじゃん。安心しな」
一個目はともかく、残り二つは、
「し、死霊魔術!」
ローレン卿が恐怖もあらわにあえいだのへ、魔術師はニヤリと笑う。
「どっちかちゅーと、ドルイド僧たちの遣ってることよ。完全な死を迎えたわけじゃないもんね」
しかし、ローレン卿にとっては『死体を歩かせた』ことのほうがよほど重大事のようで、「死霊魔術、死霊魔術」と繰り返している。
マリュフとて、魔術師ナナエの言ったことは半分も理解できない。しかし、ドルイド僧のことは知っていた。彼らはさまざまな儀式や生贄を使って、農地の豊作を祈念したり、天候予測をする。
「この庭で果樹がたくさん実をつけるのは、こうやって肥料をやっているからか?」
「そう、そうなのよ。マリュフは頭いいなぁ!いいね、頭のいい奴は男でも女でもだーい好きだぞ。頭の悪い騎士は死ね」
「ひっ!?」
最後の一言に、ローレン卿は口を閉じた。魔術師ナナエはローブの袖を翻して、また笑い、「メシにしようぜ、メシ」と提案した。
死骸のすぐそばで食事することなど、日常の一部になっている女傭兵と、死骸(完全には死に切ってない、とツッコミを欠かさない魔術師)を作った魔術師は、倒れた木をテーブル代わりにバスケットの中身を広げる。
親類の葬儀に来たような顔で、ぼそぼそとパンをかじる騎士。
実戦経験の差だな、とマリュフは内心で呟いた。
もう何を聞いても耳に入ってなさそうな様子なので、マリュフは食事しながらナナノナナエニヒトツカケと話をしている。
「流れる川の温度と、季節のちがう果物ができることには、関係がある?」
「そうさ。あとは土壌だな、土壌。肥料をいつごろに遣るかってのも問題だが、火山灰の多い場所と少ない場所が入り混じっとるのよ」
「肥料は、こうやって調節しているわけか」
「大半はそうだ。耕作もやらせるな。たまに、娘たちに手伝わせる」
「娘?」
「ほれ、あっこにおるだろ?」
指さした先のこずえに、猛禽類に似たこげ茶色の羽をした人面鳥。ローレン卿は気づいてないが、彼の背中をじっと見つめる顔は、好奇心に満ち溢れているように思える。
「排泄物や≪タイジャイ≫が作った『いでんパターンのさんぷる』とかな、空から運ばせてるんだ」
「はぁ」
「あー、可愛い。あの娘らをもっと良くしたいんだよねー。≪タイジャイ≫が作れるのは摂取した素材から呼び出せるバリエーションだけだしなあ、いつかは組み合わせも尽きるし……」
完璧に父親の顔になって、耳の後ろ側を掻いていた魔術師が、
「おい、そこの頭悪い騎士」
と呼びかけるや、俯いていたローレン卿は小さく咽た。パンが喉に引っかかったのだろうか。
「な、な、なんでしょうか魔術師ナナエ殿」
「そう怯えるなって。今ちょっと考えてたことがあってな。お前にもいい話だぞ。何しろ、引き受けると無条件で吾輩がマルウェカッスルの調査に乗り出す。問題は解決したも同然という耳より話!」
「それは、その……どういうお話なのでしょうか」
騎士は「いい話」というフレーズより、マルウェカッスルの調査に協力してくれる、という部分に警戒心を緩めたようだ。魔術師ナナエの笑みが深くなる。
「うむ。うちの娘にそろそろいい相手を探そうと思っててなぁ」
「ちょっとお待ちいただけますか、魔術師ナナエ殿」
「いや待たない。吾輩はちょうマジだぞ。自慢の娘達でな、顔も良し!気立ても良し!空だって飛べる天使ちゃんたちなのよ!長いこと吾輩のもとで養育世代交代してきたから、新しい血を入れるのは大歓迎。そこそこ体力あるし、遺伝疾患もかかえてない、若い人間とくれば、選り取り見取りで交合」
魔術師は滔々と語りながら、関節が無いかのごとく指をうごめかす。笑顔が、楽しい遊びを考え付いた子供のようで、まったく悪意はなさそうだ。
「ちょ、ちょ、本当に待ってくださいッ!」
ローレン卿はバスケットを掴んで、盾代わりに顔の前に振りかざし、本気で怯えていた。
あまりにも不公平な気がするので、マリュフは口をはさむことにした。
「誓いを立てた騎士の忠誠心を、そういう風に利用するのはよくないぞ、魔術師ナナエ」
枯れた声に騎士の肩がこわばるのが見えたが、ローレン卿は助け舟に飛び乗った。彼は、背後の枝にいる生物を見ていない。だが、魔術師ナナエの言い方が怖い、それも「とても怖い」ようだ。
「そそそそうですよ!私の忠誠心を試すのは止めてくださいよ!」
チッ、と舌うちしたが、ナナノナナエニヒトツカケはそれ以上『娘の縁談』を勧めようとはしなかった。

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