スピンアウト作品:魔術師ナナエと女傭兵

真面目な話

「娘の顔も見ようとせずに縁談断るとか無いわー非道騎士」
「勘弁してくださいよ……」
帰り道で愚痴をたれるのは、もっぱら魔術師ナナエだった。
「いーや、しないね。吾輩の愛娘たちはそれこそ」
「「はいそこで止まって」」
『娘たち』がいかに優れているか、また語りそうだったので、マリュフとローレン卿から同時に制止が入った。
「……ひどぉい。吾輩の繊細な心が傷ついたわぁー」
誰もとりあってくれなかったので、泣き真似はすぐに止んだ。
黙ったまま塔の下に帰りつくと、シファカともう一匹、シファカにそっくりな別のサルが待ち構えていた。彼ら三人が近づいてくると、シファカが魔術師ナナエに横っ飛びの跳躍で寄ってきた。もう一匹も、同じようにして、騎士ローレンの前に跳んできた。そのとき、もう一匹のサルの首に、宝石のついた銀の鎖が巻き付いていることに気づく。
「騎士ローレン、これは俺の使い魔、シファカ。吾輩自ら塔をでて調査に行くほど暇じゃあないんでな。シファカを連れて行け。」
「そんな、旅費や報酬はきちんとペイヴィオ家が出しますから」
「違うっつーの。金の問題じゃあねえ。正直いって余ってるから要らん。あり過ぎると狙われるから、ちまちまばら撒いとるんだ」
「でも、レンダゼンス師はナナノナナエニヒトツカケ様にぜひいらして欲しいと」
「吾輩が嫌がってたと伝え……いや、伝えるな。丁重に断られた、と言っておいてくれ。嫌がったとか言うと、またあの変態女が喜ぶ」
「はぁ?」
下あごが外れたかと思うほど、大きく口を開いた格好で、騎士は絶句した。
魔術師ナナエは、肩をすくめた。
「繊細な恋心がわからんようじゃ、お前さんこの先苦労するぞ」
「ご忠告、感謝いたします」
頭を下げたローレン卿が、ちっとも感謝しているようには見えない。感謝というより、同情的なまなざしを向けている。同情の目で見られた魔術師ナナエは、また肩をすくめた。
「そういうこった。レンダゼンスは≪重なったジゲンカイを見る視力≫が活用できんほど未熟者でもない。魔術師のわざを用いながら、ペイヴィオ家の人間ときちんと相談してだな。そーさな、燃料相場に関係してる商売人を調べりゃいい。」
溜め息とともに、魔術師の肩が落ちた。
「その程度のこたぁ、吾輩を呼びつけるまでもないはず、なのよ。行きたくねぇー、全然行きたくねー」
「はぁ」
それから糧食を持たせる、要らない、といったやりとりの後、若き騎士はシファカを連れ、馬を置いているという集落に戻っていった。
この一両日で、彼の世界は大きく広がったに違いない。
魔術師のいう『娘たち』が、人面をした巨鳥であったり。女傭兵の声が絞殺される狼をどうかしたように響いたり。魔術師に身体を操られて、倒れこむまで踊らされたり。
世界が揺らいだ、とも言う。
夕食の席で、ライチの皮をフォーク二本でむきながら、魔術師ナナエは
「世間知らずがちったあ視野広がったんだよ」
とにべもなく切り捨てた。
「魔術師ってのぁそもそも……」
白く半ば透き通った果実をフォークで突き刺すと、マリュフの器に移してくる。そもそも、と続けようとして、ふと口ごもった。
「まぁ、吾輩もそんなによく知ってるわけじゃない。自分に何がどんだけできるのか、色々にょろにょろ手を伸ばしてったら、届いたところが増えてった。気がついたら、他の魔術師やら貴族やらが頼み事しにくるようになっとってなー。面倒くせぇったらねーわ」
マリュフはまだ自分のライチを剥き終えていなかったので、器に増えてゆく果実に手を伸ばさなかった。決して急いでいるようには見えないのに、魔術師ナナエのフォークのほうが倍以上の速さでライチを剥いている。
マリュフが黙っていると、ナナノナナエニヒトツカケはまだ皮のついているライチに手を伸ばした。
「吾輩はさー、自分のしたい事っつーのがそんなにたくさんある訳じゃねえのよ。魔術でできることはあらかた遣りつくしたからな。
せいぜい、≪娘たち≫をもっと優れた生き物にしたい。この地所を、快適に保ちたい。一族の子弟の面倒みるとか、たまにならいい。カネとか魔力とか、足りてりゃいいんであって、増えても邪魔なんだわ。解る?」
「……傭兵稼業も、持ち歩けない財産を持たない。そこは分かる」
「それが近いな。世間に名をとどろかせる!とかそういう名誉も要らん。真面目な話、欲しいと思うのはバン・チオン人の女傭兵くらいだ」
「そうか、」
何気なく相槌を打って、マリュフはライチを丸のみした。
丸ごと果実を飲み下したので、喉が痛む。
卓上の灯心草をさしたオイルランプからは、穏やかなオレンジ色の光が放たれている。穏やかではないのは、マリュフの心の中だった。
何か言おうと思ったが、言葉が浮かんでこない。耳の中、右耳と左耳の間を、魔術師ナナエの言葉が往復している。

真面目な話、 欲しいと思うのはバン・チオン人の女傭兵くらいだ。

勘違いだ。
これは勘違いだ。
勘違いにちがいない。
恋とかそういう甘い言葉は、関係ない。
苦しいのは喉の痛みであって、ざわつく胸ではないぞ、と自分を諭して、マリュフはライチを一個つまみ上げた。
「魔術師ナナエには感謝している。治療の礼に働くというなら、必要なだけここに留まろう」
今度は丸のみしないよう、種の上の薄甘い部分をかじり取る。
「いやいや、勘違いしないで?ちょとそっち違うから」
魔術師ナナエのフォークが、ライチを刺したままマリュフに向けられる。
いつもの「ひひひ」という声を立てずに、ただ唇を笑いの形にするだけで、鼻筋のとおった顔立ちが強調されると解っているのだろうか。解っているに違いない。

「口説いてるんだよ、マリュフ。君を諱(いみな)で呼びたい。こんなオッサンだけど、3年でいいから君と暮らしたい」

何で勘違いということにしてくれないのだ、この自称オッサンは。そしてバン・チオン人にとっての諱(いみな)呼びの意味も知っているのだ。それは伴侶の絆を結ぶという意味ではないか。
「プロポーズか」
「そうだよ、マリュフ」
「こ」
「断る前によく考えてくれっ!」
断る、という単語の形に動いた唇を読んだかのように、さえぎられた。
「騎士ローレンの前で、しゃべろうとしなかったろう。
昨日の夜、寝台で泣いてたのを知ってる。
俺なら、その声を治せるって言ったら?」
「な……」
何で知ってる?という無言の問いかけに、魔術師ナナエはかぶりを振った。
「この塔の中で起きる事は、手の甲に羽根が落ちるようなもん。意識をむければわかる」
それが、偶然で拾って治療した相手なら、なおさら責任だってあるし、と続けて、ナナノナナエニヒトツカケはフォークに刺さったままだった果実を、マリュフの前の器に落とした。
「俺なら、その声を治せる。娘たちに魔法の歌声を与えたように、君にも横笛のような、透き通った声をあげられる。あー畜生、これを取引だとか思われたかないんだよ。伴侶の申し出を受けなくてもいいから、ちょっと考えてみてくれないか」
口だけはまともに動いて、マリュフは自分のライチをさらにかじり取った。
声の回復。冗談ごととは思えない表情。身を乗り出し、女傭兵の返答を待っている魔術師。
薄甘い果実が喉を滑り落ちていく。
「その……」
「うん。なんでも言ってくれい。おじさんなんでも聞いてあ・げ・る」
マリュフは咳払いした。
「済まん、一晩よく考える」
「はは、それでいい。プロポーズは重大事だ、よく考えてくれ」
と念押しして、魔術師ナナエは席を立った。オイルランプは卓上に残し、明かりを持たずに暗い階段を上っていく。魔術師ナナエの姿が見えなくなってはじめて、マリュフは大きく息を吐いた。
翌朝、マリュフが台所に降りると、既に魔術師ナナエが居た。皿の上にバナナとオレンジ色の大きな玉ねぎのような果物を盛っているところだった。
「お早う、マリュフ」
「おい魔術師」
ナナノナナエニヒトツカケに何か言われる前に、マリュフは口を開く。
「声を戻せるのか?」
「あー、その言い方はちょっと……違うかな……えーと、まぁ座って朝飯にしないか」
妙に切れ味の悪い言い方をする。マリュフは魔術師ナナエの顔を見ながら、椅子に腰かけた。
魔術師ナナエは、半分に切り分けたパパイヤとスプーンを差し出しながら、説明してくれた。
素晴らしい美声を与えることができる、と。
マリュフが望むなら、並の人間では歌うこともできない≪魔法の歌≫を使えるような声を。
だが、本来のマリュフの声を知らない。知らない以上、元の声に戻すことは、できない。
もちろん魔術を用いれば、本来のマリュフの声を知ることもできる。が、それは『過去を変更する危険が大きい』ことなので、できればやりたくない。
「過去の時間に俺がでかけてったとするじゃん?そしたら過去のマリュフを口説きそうでなぁ。なーんかそれって、今のマリュフを、裏切ってるような気がするんだなー」
マリュフは黙って聞いていた。
ショックを受けたわけではなく、頭を掻きながら、弁解するように付け足す様子が無性に可愛らしいとか、そういう理由で黙っていた。
喉元を守るように巻き付くスカーフを、指先で撫でる。
「では、できないという結論だな」
「うーむ……吾輩の辞書に不可能はないっ、と言いたいが、今回は『できない』ってことで」
降参するように手をあげる魔術師ナナエ。
「分かった」
「え、いいのかい?ちょっと拍子抜けすんだけど?本当に要らないわけ?今なら家賃12か月サービスもお付けするのに」
「構わない」
自分で口に出してみると、改めて本気でそう思っている、と実感した。素晴らしい声を持つことより、自分の声のほうが大事だ。そして、今のマリュフにとっての自分の声は、この絞殺される狼のような低いしわがれ声だ。
そう思えるようになった。この数日の気持ちの変化には、自分でも驚く。
「構わないってアンタそりゃ……」
参ったな、と言いながら立ち上がると、魔術師はパンの塊を戸棚からとってきた。テーブルの空いた籠にパンを載せるのへ、マリュフは問いかける。
「ナナノナナエニヒトツカケ、お前は構うのか」
「え、俺?構わないよ」
即答で、強すぎる否定でもない。その答えに嘘はないと感じて、この数週間で初めて、マリュフは安心した。安堵と言ってもいい。おかしなことに、安堵のあまり涙がでそうになった。
「声のことはもういい。それと、伴侶の申し出は、保留だ」
「ほりゅーってなんだよそれー。それより食ったらどうだ、それ。まだ沢山あるぞ」
マリュフはまだパパイヤを左手に、スプーンを右手に持ったまま、手を付けていない。
一度、橙色の果実に目を落とし、魔術師ナナエにまた視線を据える。息を吸って吐き出し、昨日されたように、今度はマリュフがスプーンを相手に向ける。

「お前は人間か?」

銀のスプーンの先で、鈴のような音を立てて魔術師ナナエが髪をかき上げた。
「それを聞いてどうする訳」
と。
「どうするか、決めてない。でも、お前が何か食う姿は、見てない。椅子が消えた。」
「あー……意外と観察してるんだな。すげえっ」
褒めても、女傭兵は追求の手を緩めはしない。
「本当のところは、何だ。正体を明かさないで、伴侶の申し出とは、虫がよすぎる」
「なぁなぁ、知ったら嫌いになっちゃうような、すーんごい外見の異種族だとしたら?」
「嘘よりましだ」
「いや本当によ?山羊みたいな下半身してたり、アレなところに角や鱗があったりするかもよ?実際そういう種族いるし、凶悪なのは見てくれだけじゃないし。俺がガチで強酸の血を持った魔界の住人だったら」
どうするのよ、をさえぎった。先より強い口調でさえぎった。

「嘘よりましだ、と言った」

たじろいだのは魔術師のほうだった。マリュフは、奇妙な勝利感を味わった。
「うぅ……っくそ、ホントに何を見ても動じない気ねこの子。ますます惚れるわ」
「動じるかどうかは、見て決める」
もう一度スプーンを突き出すと、「わかったよ」と弱弱しいつぶやきが返ってくる。溜息がひとつ。魔術師は、指輪をはめてないほうの右手を、テーブルの上にかざして見せた。
「ヒトの手ってのも、触手のようなもんだ」
魔術師ナナエの手が変化した。親指と、人差し指に中指、薬指に小指がそれぞれ一本ずつ、触手に変化した。それをくねくねと、マリュフに振って見せる。
「こういう風なのが、我がテンタ族。骨があるか、無いか。筋肉と腱の有り無しも、ヒトとの違いっちゃあ違いだ。で、俺らはね」
ローブの下で肩が丸くなった。腕が、それぞれ三本の触手をより合わせたものに変じた。
斑紋をもつ蛸のように、色白に変じた皮膚の上を、水色から青、深い藍色へと脈打つように変化する模様が這っている。ローブの裾から別の4本を持ち上げて見せる。
「足もこう、っていうか全身かな。髪も何本か、長い毛をはやして擬態してるんだが……しゃべり辛いから、他は戻さなくっていいかい?」
「構わない」
あんがと、と呟いて、ナナノナナエニヒトツカケはにょろり、と一本を伸ばし、マリュフのスプーンをからめとった。
「俺の本数は現界させてある分だけで48。ナナノナナエニヒトツカケの名前はそっからとった」
女傭兵が眉をひそめるのを見て、
「七を七回掛けると49で、それに一つ足りないから≪七の七重に一つ欠け≫っつーの」
と言葉を重ねる。マリュフはあいまいにうなずいた。
「48が49より1少ないのは知ってる」
「うむ。まあ、我が種族は本数が多いほどできる事が多いし、偉いってことだけ覚えといてくれい。
というかマリュフよ、意外と落ち着いてるな。そんなに意外ではないってことか?むしろ好み?なぁなぁ」
マリュフはスプーンを振り回す触手を掴んで、顔の前から退ける。
「48というのは、かなり多いほうなのか?」
「勿論。頼れるお兄様なのよ。マリュフも頼ってもいいのよー?」
「600年はお兄様という年でもなかろうに」
「いーんだよっ俺がまだ若いっつってんだからそういう事でっ!」
そこは、強く主張したいらしい。手の中で、拳を作るかのように触手に力がこもるのを感じた。
「そういう事なのか?」
と笑い、ふと悪戯心でスプーンの柄に巻き付いた触手の先に口づけてみる。暖かかった。

「っつえいぅおわ、ぁあうおっ!?」

奇声をあげて魔術師ナナエが椅子から滑り落ちた。一呼吸遅れて、銀のスプーンが床を打つ。
「どうした?」
テーブル越しにのぞき込むと、灰色の髪だった部分が、同じ色の毛が生えた触手になっていた。
絡み合い、震えている触手の束。
床に広がった水色のローブの下では、頭部も胴体もそれと形が分からず、布地のひだと同じように見える。
目を瞬きするマリュフの足元から、ようやく、魔術師ナナエが人間の姿形を取り戻して立ち直るまで、かなりの時間を要した。
「ふ、ふ、不意打ち、きき、禁止、ね、マリュフ……危うくイっちゃいそうになった」
「先端は弱点?」
「眼点はその名の通り感覚鋭敏なのよ……」
椅子に沈み込むように背を預ける魔術師に、女傭兵はテーブル越しに身を乗り出した。
「お前の恋人として留まってもいいか」
二つ返事で承諾された。

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