スピンアウト作品:ブルダスフ

ブルダスフ来たる

全視界を埋め尽くす化学反応の光パターンが、突然乱れた。ナトリウムが燃え上がる炎が突然停止し、しかも自分の複眼すべてが暗くなる。
こういう『法則』にありえない事態を、我々は『法則の外側』からの干渉と呼ぶ。一我々は、引きはがされた感覚をあきらめとともに受け入れた。
この「我々」というのは、他種族には理解しづらい概念のようだ。一つの単位としての独立した記名は『一我々』と呼ぶ。それとは別に、我々全単位を指して『我々』という表現をすることにしよう。多細胞混在生体なのに、『一我々』ではなく『ワタシ』という表現をする種族もいるという。理解しがたい。
『法則の外側』からの干渉は、今回音声の形だった。

「おっす!久しぶり―。こっちに遊びにこいよ」

複眼の奥、視神経統合叢のある部位がじんわりと、痛み始めた。この音声の持ち主に、一我々は記憶があり、その記憶たるや、『法則』の乱れた内容ばかりである。正直いって思い出したくない。
一我々には、選ぶことのできる可能性があった。

1.このまま聞こえなかった振りをしてみる。
2.このまま『法則』のひとつを使って、遮断する。
3.『法則』に従い、回答する。

聞こえなかった振りをしても、この呼びかけをしてきた一単位は、執拗だ。きっと一我々の消耗が限度いっぱいになっても、回答するまで呼びかけてくるに違いない。
遮断することも、同様だ。しかも、聞こえなかった振りをするよりエネルギーを消費しなくてはならない。
曖昧だが、「呼ばれたら答える」法則に従うことが、一番の効率よい行為だった。それにしても、範囲の限定されない呼びかけだ。呼びかけしてきた一単位の性格は、これまでの付き合いでだいたい解っている。
好ましい、『回答のしやすい呼びかけ』ができるにも拘わらず、それをしないのである。

「7単位ぶりの呼びかけである。遊びにという表現は理解しがたい。召喚ならば応じる用意がある」

ヘリウム塊の標準が燃え尽きる単位の時間が、7回過ぎたという意味で回答すると、相手は
「だったら来なよ、場所はもうつくってら」
と即答してきた。準備が整っているなら話は早く、また送られてきた座標も記憶どおりである。
一我々は『転移』した。
「いよっ、久しぶりだな。まだ核融合の明かり見つめてんの?」
「7単位しか観察していない」
「星が生まれて死ぬまで7個分?長いなおい」
ひょいと触手を持ち上げた≪呼びかけ者≫に、一我々は同意のしるしに体表の明度をあげた。≪呼びかけ者≫は触手種族である。重複させている隣接次元界を覗けば、本数は100以上と認識される。
転移してきた場所は、密閉空間の内部である。触手種族は一我々が『形態を適化』している間、密閉された区切りの近くに体をくっつけていた。
一我々の形態は、ナトリウムの燃える『界』に居る時のままだと、この『界』の酸素で自分を燃やし尽くしてしまう。『最適化』した姿は、球体。全方位に速やかに感覚を投影でき、上皮の下は平行四辺形の組織片で常に循環させてある。かつ、学習により、触手種族や他の生命体に「解り易い」よう、中央部に疑似的な『眼球』と『口』を作成した。
ここまでの最適化作業に費やしたエネルギーは、全て壁際にいる触手族が供給してくれた。『一つ後ろがわ』の次元から、一本の光る触手が伸びて、一我々の内部に/連結点に/根源に接触する。明滅する速度は、一我々の観測能力の限界に近い。≪呼びかけ者≫がどのようにして、恒星のようなエネルギーを生成したものか、いつか質問したいものである。
そして空気の振動を感覚した。
その直後、≪呼びかけ者≫の寄りかかっている壁の一部が、大きく内側にたわみ、別の個体が転がり込んできた。この界最多の種族、ヒトであろうと推察される。
「熱ッ!ここで何やってるナナエ!」
触手種族を「ドア」ごと壁に押し付けた個体が、壁にへばりつく≪呼びかけ者≫に詰問した。変成に要したエネルギーの残余、熱が籠る空気に我慢ならないらしく、口元に布を巻きつけながら。
うぐぅ、ともむぐぐ、ともつかない音波が返ってくる。
それと同時に、飛び込んできた個体のほうが、急激に生命反応を低下させて地面に崩れ落ちた。

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