スピンアウト作品:ブルダスフ

酸素ゼロ室内

注意事項を一つ一つ、けっこう長い時間をかけて頷いていたら、とっくに太陽が昇り切った時間になってしまった。
魔術師ナナエがローブの裾をはためかせて、塔の階段を駆け上がっていって半刻。
塔の足元にある小さな草地で、マリュフは体をほぐす運動を終えたところだったが。
「暇だな」
つい口にすると、枝の上の大きな影から、
「Guuuuluuuuuu」
と同意するような鳴き声が降ってきた。
こげ茶色の羽に、一筋だけ真っ青な模様が横一文字に入っている、猛禽類に似た巨鳥。胸も同様に青く、シチメンチョウのように皮のたるんだ首の上には、ヒトの顔のような顔がついていた。
頭部は金色の羽根に覆われており、どうかすると金髪の女性のようにも見える。さしずめ人面鳥。
魔術師ナナエの愛娘たち、の一羽だ。
マリュフを見下ろす金色の瞳は、一度瞬きした。知性のある生き物の目。マリュフが手を振ってみると、鳩のような声が降ってきた。この巨体から、この鳴き声は、確かに……可愛い。
自分の口元にも笑みが浮かんでいるのを感じて、マリュフは立ち上がった。暇を嘆くより、しばらくやってない剣の練習でもしよう。
剣の腕前を、この鳥にも見せてみたいし。
装備一式は居室にしている二階においてある。三階には立ち入り禁止でも、取りに戻るだけなら問題ないはずだ。
一歩、二歩と石段をのぼりながら、妙に空気が暖かいな、と思った。
パン焼きに取り組んでいるにしては、台所の窯に火が入っている様子が無い。
二階にたどり着くころには、妙に、ではなく明確に、熱水の川辺のように空気が暑かった。
(何だ、この異常な暑さ)
額が一番熱くて、汗がにじむ。手の甲でそれを拭ったとき、掌で天井から放射される熱に気づいた。
二階の天井は三階の床。
「魔術師ナナエ!」
石段を一つ飛ばしに駆け上がり、ドアノブを握ったら熱すぎて保持できない。空気中の熱気は、いつも首に巻くスカーフを口に当てないと、呼吸するのも苦しい。
把手を回せないなら、と肩から体当たりを試みた。
(緊急事態だ、後で謝ろう)
二回目で掛け金がはじけとび、マリュフが室内に転がりこんで、勢いを使って立ち上がる。
「熱ッ!ここで何やってるナナエ!」
床も空気も全てが熱かった。そして、声とともに肺から空気が吐き出され、吸い込めない。
(息が)
酸っぱい味が口いっぱいに広がる。息が、全力で呼吸しているのに空気を吸っている気がしない。スカーフのせいじゃなく、肺に入ってくる空気が意味をなさない。
刺激性のある気体が目にしみる。涙でぼやける視界で、見慣れた空色のローブが動くのを捉えた。急速に力が抜けていく両手を膝について、倒れこむのを我慢したが、肝心の膝がいう事を聞かない。
床に倒れる瞬間、思っていたのは。

(陸で溺れ死ぬのか、あたしは)

だった。

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