かなまら祭りとダビデ像の話はしません。

本日はこういうニュースがありました。

自称芸術家「ろくでなし子」逮捕 女性器の3Dデータ配布の疑い:J-CASTニュース
http://t.co/dDfeXdV65h(短縮URL)

J-CASTの嫌なところ:わざとらしく悪意のこもった誘導をするところ。自称以外の方法で芸術家が芸術家になれるのかしら?

ろくでなし子逮捕 http://togetter.com/li/692728

先のTogetter内、金田淳子@7/27雲田まんがの話をしよう @kaneda_junkoさんのご意見は首肯することしきり。
女性への性的抑圧や、芸術性云々の話はしないことにいたしましょう。警察という公の権力が、限定的に配布した3Dデータを刑法175条(わいせつ物頒布等の罪)に問うたらしい、という点をもって、論じます。

まずは刑法175条 – ニコ百 http://dic.nicovideo.jp/id/4801508 #nicopedia が手っ取り早くまとまっておりますのでご紹介。
さて、メールで支援者に配布したのは、『徒に性欲を興奮又は刺激せしめ且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し善良な性的道義観念に反する』3Dデータなんでしょうか。

医療用ならいい、信仰の対象ならいい…って声も挙がりそうだけど、それ恣意的運用って言うのではないでしょうか。

警視庁: 芸術家・ろくでなし子氏(五十嵐恵容疑者)の即時釈放 https://www.change.org/ja/%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%83%B3/%E8%AD%A6%E8%A6%96%E5%BA%81-%E8%8A%B8%E8%A1%93%E5%AE%B6-%E3%82%8D%E3%81%8F%E3%81%A7%E3%81%AA%E3%81%97%E5%AD%90%E6%B0%8F-%E4%BA%94%E5%8D%81%E5%B5%90%E6%81%B5%E5%AE%B9%E7%96%91%E8%80%85-%E3%81%AE%E5%8D%B3%E6%99%82%E9%87%88%E6%94%BE-2

さんから
に、表現規制反対の立場から、賛同しました。

ろくでなし子氏の作品は『徒に性欲を興奮又は刺激せしめ且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し善良な性的道義観念に反する』3Dデータとは言いえない。
不当な逮捕には、表現規制反対の立場から、強く反対します。

わたくしにとっては、ろくでなし子氏の作品は『変なモノで変なデフォルメだなぁ』という認識でした。
「好きだから擁護する」ではありません。
「嫌いだから攻撃する」ではありません。
「好きでも、嫌いでも、無関心でも、表現への公権力介入には反対する。それが民主主義」です。

ヴォルテールの名言と伝えられる(正確には違うらしいです)言葉のとおり。

「私はあなたの意見には反対だが、それを主張する権利は命をかけて守る。」

「好きでも、嫌いでも、無関心でも、表現への不当な公権力介入には反対する。それが民主主義」
です。
不当=日本人全員、1億数千万人に無記名アンケート取って、一人でも不当って答えたら不当だからねっ!と判定します。たとえ回答者が認知症患者でも。
人権とはそういうレベルで保障すべき重大事。

表現の自由は、基本的人権。
「たとえ認知症だろうと、他の障害を持っていようと、抑圧することまかりならぬ。また、その内容を公権力が審査したり、基準を定めることもならぬ。ならぬものは、ならぬのです」
と断言できる、数少ない基礎理念です。

だから、私はかなまら祭りの話も、ダビデ像の話もしません。
誰かが、あるいは特定の文化背景を持つ集団が。
「これは受け入れられる、これは受け入れられない」
と『基準を決める』こと。それ自体を良しとしないからです。
基準を決めたら、『基準違反を攻撃する』ことにつながるからです。

現代美術史かじった程度(大学の一般教養+専門コースの一期だけ)のわたくしですら、「何が芸術か」なんて容易に回答できない、してはいけないと解ります。
だからこそ、ダビデ像の話はしません。

先の署名活動に、ただ一つだけ難を申せば、
「芸術家を逮捕するなど今どき中国のような独裁国家や宗教国家でしか行なわれないようなことが自由と人権を憲法に掲げる我が国で起こってしまったことに驚かざるを得ません。」
という文言です。
自国の非を糾すために、近隣国を蔑む必要はありません。人権のために活動しながら、他国は貶めてよいと考えているなら、それは人権に対する無神経さを露呈していますね。

警視庁生安課としては3Dプリンター規制したいのと、ネット規制したいのと、表現活動規制したいところに、この方の作品と活動はもってこいだったのでしょう。4月の新任担当ががんばって、犠牲の山羊を探した結果でしょう。

だがそれ故にこそ、許される行いでは無いんですよ。

北原みのりとかいう、凄絶なブーメラン言論を展開している表現規制派の人が、ろくでなし子氏を擁護に走っていようとも。
そんなことは、微塵も関係ありません。
ただ「不当な逮捕は、誰が相手であってもやってはいけない」と主張するだけです。
それ以外に、やって良いことも、言ってよいことも、無い。

 

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