スピンアウト作品:記録された血の報復

  4年後に、ジョウト・チャック・デ・オーチョンが、元首選挙で2回目の当選を果たした。
海軍は『ジョウトの私設海賊』と言う表現をしても、あまり的外れではないようなものだった。維持費はかさんだが、共和国に流れ込む金はそれを補って余りある。さらに、バン・チオン人が要職を押さえた海軍は、「盤石の護衛」と海賊に恐れられ、同時に収益もよくあげた。
バン・チオン人たちが一斉に島帰りする、年に一度の逸脱行為を許してもいいほどの収益だった。
雇用主ジョウト・チャックは、休暇を許さなかったら本気で殺しにくると解っていたので、どれだけ会計士が帳簿を叩いても無視した。
文明人には理解しがたい理由(既に知っているロープの結び方を教えようとした、等)から同僚を半殺しにする性格の持ち主であっても、最も頑健で、契約への忠誠心は疑いようがない。年齢が45を数えても、まるで30そこそこのように働くときては、かつての同僚たちと比較せざるを得ない……栄養不足で顔色の悪い海賊は、大半が30の年齢を数えることが稀だった。
滅多に表情を見せない不愛想な顔は、嵐の海のなかにたたずむ岩頭のようなものだ。信頼という言葉が、売買可能な世界のなか、唯一買い取れない相手である。それを得た才覚を、ジョウト・チャック元首は自ら『経営感覚』と呼び、ひそかに誇りに思っていた。
夏の遠ざかる気配を感じさせる空気が、デ・オーチョンの市内邸宅の窓から入ってくる。春分を迎えると、赤道以南のこの土地では寒さが厳しくなる。小麦の穂が垂れるころを見越して、蒸留業者や穀物商の出入りが増えており、「盤石の護衛」契約も比例して増加していた。
執務室に専用の机を与えられたデ・オーチョンの会計士が、羊皮紙に顔を伏せたまま、ジョウトの方を横目に窺っている。かつてペンを持たないほうの手を切り落とされた遺恨があるのだが、それを上回る利益の誘惑にかられる生き物であった。
将軍がこの部屋を訪れる前に、会計士はジョウトに熱弁をふるっていた。
いわく、バン・チオン島への帰還は認めがたい。特別ボーナスを支給して、思いとどまらせたほうが、はるかに利潤が大きい。会計士は損益計算書を義手で叩きながら、説得を試みたのだ。
共和国元首は、反論せず、しゃべらせていた。彼に染み付いているのは、金銭よりも権力への欲望。『経営感覚』のさらなる発展。会計士の提案を丸のみするほど、思考を曇らされてはいなかった。
帰郷を認めねば殺されるに決まってる。
しかし金銭への熱意は、蒸気となって雇用主に染み付いた恐怖を曇らす。思考は曇っていなかったが、
「雇用したのはこちら側」
という傲慢さがあった。
「不満を逸らす方策はあるはずだ」
という、計算が働いた。
そこで、執務室にやってきた将軍に、ジョウトは
「君の忠心は、島の者全員に共通するのか」
と軽口を装ってみた。
本人と部下28名分の長期外出許可証を、
「当然」
と、机の上に落として、フルィダックは拳を握った。
2期連続共和国元首は身を乗り出した。
「その忠誠はまさに、我が共和国の領土、バン・チオン島の誉(ほまれ)だな。臣民として、常に共和国軍に人材を提供……そうだな、毎年百人が常駐してくれれば何もいう事はない」
寝ぐせで曲がった頭髪が、小さく揺れた。将軍が小首を傾げたのだ。
そのしぐさを、具体的な意味を掴み兼ねたと解釈して、ジョウト・チャック・デ・オーチョンは言葉を紡いだ。
「百人もいれば十分だ。来季から、共和国の治安のため、交替で休暇をとって帰郷してもらいたい」
将軍はじろりと、傍らで顔を伏せている会計士の頭頂部をにらんだ。
「ああ、彼は関係ない」
と、ジョウトは手を振って退ける。目上の雇用主である自分になら、簡単に刃を抜くことはない、という経験からの予防線だ。にこやかに書類を取り上げてみせる。
「この休暇申請は受理するとも。帰ったら、一族と相談してみてくれないか」
バン・チオン人は、何の感情も浮かべていない目を一度だけ瞬くと、頷いて踵を返した。彼や、同じ島の出身者が、誰かに頭を下げるところは、忠誠を捧げる誓いの時にしか見られない光景である。

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