スピンアウト作品:記録された血の報復

29人の男女(フルィダック将軍の部下の半分は女性であった)が、便乗した運搬船から『島』に降り立ったとき、全員が静かに息を吐いた。腹腔のうちに溜まった、鬱屈した思いを吐き出すように。
旅の途上で十分に情報を出し合った結果、
「常設軍の為に毎年100人、春分の休暇は交替で取らせる」
とは、疑いようのない要請としか解釈できなかった。
島の者は千人近く、とはいえ老若男女すべて合わせての数。しかも、頑健で働ける者は出稼ぎ中だ。
軍に入らない者は、海賊や、臨時海賊(地元の貧しい者たち)に雇用される身である。中には剣の腕前以外の技能を、「島では売れないが外の土地でなら買ってもらえる」と出稼ぎに往くものも居る。
出稼ぎ世代も島の民も、一堂に会する時が、春分の祭だった。
島の恵みだけでは賄いきれないため、戻り来る男女はそれぞれの土地から食い扶持と、家族への土産を携えていた。ニェワンウンの干し米と茸を、煮戻して使う料理素材。アフ諸島の甘いデーツ。ホザン砂漠で乾燥しきった駱駝乳の粉。海中で大人10人の背丈を越すほどに育つ、巨人の帯と呼ばれる海草を干したもの。その巨人の帯でくるんで保存された、海豹の干し肉。赤ん坊が入れそうなほど大きい、藁に包まれたグンスイ蜥蜴の卵。そうした四海の珍味に、共和国の焼印が押されたエールの樽も加わった。
青空と夜空の等しくなる日を前にした、ほぼ一千人が集まる祭り。平素の網や船は片付けられ、足りない場所は灌木を切り倒して作られた砂の広場は、黒っぽい肌の人数からすると信じられないほど静まり返っていた。
中央の明かりの輪に近い位置を占めるのは、島民全員の霊的な導師、フリチヌヤと弟子の男女が一人ずつ。右脇に鍛冶師の前掛けをつけた女性二人。酒造りの匠ひとりと大工二人。左脇には武術の師たちが、男女とも六人ずつ、めいめいが得意の武器を携えている。彼らが島の指導者であり、一種の議会を構成していた。
議会の前で話をしているのは、いずれも出稼ぎから戻った者たちである。最前列に居るのが将軍フルィダックと28名の部下だった。その後ろや横に、他の地域から戻った者たちが並ぶ。あとは島内での責任や働きぶりと、浜にやってきたときの時間に応じて、島に定住する世代の者が、光と話し声から遠い位置を占めた。中心部の会話は、風にのってすべての者が耳にするよう、精霊たちが計らった。
焚火を前にする者たちは、蒸留されたヤムの酒が供されたにも関わらず、吐く息の熱は別種のものだった。
精霊と話する人、導師フリチヌヤは、山羊の毛で織り、染色も飾りもない長い一枚布を片方の肩からかけ、腰紐で留めただけの簡素な装いで座っている。ずいぶん生え際が後退しているが、なでつけた銀色の髪はマントのように肩甲骨を覆い、まだ健在な眉の下からは慧とした眼光が覗いていた。精霊使いという地位から想像されるような装飾は、耳たぶの穴から下がる金の輪だけ。
バン・チオン人の男女を知るのは、名前を知ればよい。女たちはM音かMRの音で始まり、男たちはF音かFR音で始まる名を持つのが常だからだ。
将軍の渋面を、導師フリチヌヤは同情をもって見下ろした。

大きな怒りを覚えたのに、最も適切な反応ができなかった。自分はどこかおかしくなったのではないか。

他の者たちからも同じ訴えと、事情説明を耳にしたとき、精霊使いは彼らの魂に触れ、目の眩むような感覚を追体験した。彼には、麻痺状態に陥らず、分析する余裕があった。
あまりにも大きな怒りに直面した時、人間は自分がどのように反応すべきかが判断できなくなるという。
「巨大な二つの感情に、フルィダックは直面したのだ。葡萄酒から作る酢と、ライムの搾り汁を混ぜたものは、とっさに判別がつかぬ。口に含めばいったん呼吸が止まってしまう。吐き出すのはそれからであろう」
精霊が、静かな分析を後列の者にも伝えていく。
「お前たちが味わったのは、怒りと、誇りを傷つけられた痛みの両方だったのだ。両者はあまりにも強く、普段なら相手の首を折るべきタイミングで、お前たちの心の血管に詰まり、肉体の手足の動きを妨げてしまった」
「導師様、他の時は普段通り動けました」
フルィダックの驚いた声に、背後の部下たちもうなずいた。
「直面したのが怒りだけであれば、大きさに関わらず、バン・チオンの者を止めることはない。お前たちは正常だ」
口調に合わせて、踊る炎を映す目元がわずかに弛んだ。他地域の者が、万神殿や各々の信ずる教会に求めるように、島の人々は導師に魂の導きを求める。
「この島は、どの沿岸の国にも、どの帝国にも、属した歴史はない」
固い声で断定したのは、両手剣を背中に負った武術の師ファレアメイ。そうだ、そうだ、という囁きが、炎に照らされた顔の後ろへ広がってゆく。
「大事な帰郷を、交替で取れというのは、許しがたい」
片手剣を佩いた武術の師マルナパの声は、砥石と刃がこすれ合う時のように掠れている。鍛冶師の鍛えた槍を砂の上に置いて、武術の師の一人が指摘した。
「雇い手を求める者が百人いようとも、軍人になるよう強いられる所以はない」
「その通り」
導師フリチヌヤの頷きに、多くの者がならった。
槍の師の傍らで、何も武器を帯びていない武術の師が手を開き、一言ごとに指を一本ずつ折り曲げた。
「侮辱には、報復が必要だ。今後、いずこの誰であれ、バン・チオン人のことを忘れぬような」
寸鉄も帯びぬ格闘の師メレーダーは、銀鱗閃かす魚のようなしなやかさで手を閃かせた。
「よく相談しようではないか」

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