スピンアウト作品:記録された血の報復

他の国や都市に記録された内容はさておき、バン・チオン人たちは『報復』をすこぶるよい気分で成し遂げた。
将軍と、28名の部下のうち14名が、休暇から戻ったその足で、元首の市内邸宅に赴いた。それは春分の4日後のことで、時刻は元首殿が出勤する朝であった。
厩番たちが、馬車ではなく馬を前庭に引っ張り出し、護衛を二人連れたジョウト・チャック・デ・オーチョンは、飾り房の付いた剣帯や、共和国の徽章がついた上着のあちこちを引っ張ったり、位置を直したりしていた。
黄金色の朝日が壁に色をつけるのとほぼ同時に、門のなかへ入ってきた一隊を止める者は誰もいない。将軍が、早々と護衛任務を引き受けに来たのであれば、制止すべきはない。鼻から湯気を出す馬に近寄りながら、元首が気づいて手をあげ、フルィダックが軽く頭を下げた。
「100人のバン・チオン人を常雇いの軍人にする話、まだ本気か」
「うん?」
バン・チオンの者は前置き無し、話が早い。ジョウトは色よい返事を期待して、片方の眉をあげた。
「もちろんだ。春の休暇を交替する間は、」
倍額の給金を出すぞ。魅力的な話だろう?
という言葉は、切り飛ばされた頭部の口から出ることはなかった。
護衛が手をあげる前に、フルィダックの部下たちは左右から、護衛の胴体を背骨だけ残して抉り取った。
三人の厩番が悲鳴を上げ始めたのは、顔や体に降りかかっているものが、噴き出した血液だ、と気づいてからであった。
その時点で、既にバン・チオン人たちは前庭に居なかった。まだ施錠されていない正面玄関から、人間の姿をした死の風が邸宅に吹き込み、オーチョン家の生命の火を消していったのである。
ほぼ同じ時刻に、死を運ぶ風は軍の徽章をつけた14名と、倍の数の徽章なしバン・チオン人たちとなって、海軍の要塞内部を吹き荒れた。
「バン・チオン人が帰郷した際、新たな人材を連れ帰るだろう」
と希望的観測を述べていたのは、元首ジョウト・チャック・デ・オーチョンである。それゆえ止め立てされる事なく、42名の復讐者は堂々と門をくぐった。軍に居たオーチョンの係累はことごとく、死体を要塞の壁から落とされ、踏み固められた路に黒い染みをつけた。
誰何も問答もなく、「邪魔したらお前も殺す」という宣言。宣言通り殺害された者たちを前に、気の荒さでは海賊と大差ない海軍が怯えた。
投げやすい大きさの手斧を、毬かなにかのように弄びながら、
「邪魔してもいいんだぞ」
と挑発してくる笑顔に、心底からびびったのだ。

(軍のなかの軍が、牙を剥いた)

オーチョン家の雇人であった小隊長は、鼻歌まじりに手足をもがれた。もいだ側は武器を持っていなかったが、指の力は尋常ならざる域。格闘の師メレーダーは、小隊長の関節を外し、そのまま鉄の指先をめり込ませて腱と筋肉を引きちぎった。
オーチョンの私生児と噂のあった会計官は、投降する動作が素早過ぎた。
「わぁこわい。襲われるかと思ったー」
演技たっぷりな独白を、自らにやりと笑って楽しんで、両手剣の武術の師は会計官の肩を蹴り、剣を引き抜いた。
彼が視線を向けただけで、部屋の隅に体を押し付けていた同僚たちが、もっと体を小さくするよう工夫する。興ざめだが、何か一言でも言ったり、指一本でも挙げようものなら、失神するかもしれない。
計画外の人間まで害しては、文明的とは言い難いな。
肩をひょいとすくめると、歯の鳴る音を無視して、ファレアメイは去って行った。
唯一、オーチョン家の邸宅内、台所に付属する食品庫で議論があった。樽の影から引きずり出された、妊娠している乳絞り娘の処遇であったが、これは捨て置いてよい、というのがフルィダックの判断であった。
一方で剣をもって戦える年齢であるなら、子供も、老いた者も、すべて例外なく死を与えられた。島の基準でいう、5歳以上60歳以下をさす。
邸宅内を吹き荒れた死の風が、次に荷運びの馬車を仕立てるよう命じたとき、逆らう者は一人もいなかった。フルィダックも、部下の男女も、血や臓物で汚れることを厭わず、干し草用の四頭立てに死骸を積み込んでゆく。御者台では将軍が手綱をとった。
恐ろしい荷馬車は、まずサレ・カストー家へ馬首をめぐらせた。一番近い、というのがその理由である。
誰何の声をあげた使用人は、腰を抜かして動けなくなってしまったので、サレ・カストー家の門はバン・チオン人たちが開けた。朝日に照らされて、荷台一杯にツヤツヤ輝くものが何かを悟ったとき、デオリンマ・サレ・カストーは気絶した。
それを引っ張り起こし、背中をひっぱたくという方法で目覚めさせ、
「バン・チオン人を怒らせるとこうなる」
ことを説いて聞かせたフルィダックは、面倒臭そうだった。
これは明らかな、それこそ「水は上から下に流れる」くらい、当たり前の事なのだ。
バン・チオンの島はどこの領土でもないこと。
どこの軍に入るのも、海賊になるのも、他の職を選ぶのも、バン・チオンの人が選ぶことであり、誰も強制はできないこと。
春の帰郷や、そのほか重要事項を邪魔するのは、非文明的な振る舞いであり、害獣のように殺されても文句の言えない行いであること。
いい年こいた大人に、なんで文明人の自明の理を説明せんといけんのだ。まったく、野蛮な土地の連中は。
50代の女当主の顔が、白粉もはたいてないのに大理石像のようになってゆくのを見てとって、フルィダックは説教を締めくくった。
「報復したいならしろ。同じように報復される覚悟はあるか」
もげるんじゃないかと心配になる勢いで、デオリンマは首を横に振った。
荷馬車の車輪の音が、門の彼方に遠ざかるころになってようやく、首の動きが弱まり、嗚咽が混じり始めたという。

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