スピンアウト作品:記録された血の報復

次のブライム家では、ちょっと話が楽だった。最初の凶行から時間があったので、オーチョン家から逃げ出した使用人にあらまし語らせる時間があったのだ。
当主夫妻は一行を出迎えて、たたき起こされた書記官に、フルィダックの言葉を全て書き写させた。さらに、2枚の複写を作り、一枚をバン・チオンに送り、もう一枚を共和国の庁舎に保管することを約束した。
朝食と湯を使ってはどうか、という申し出は、
「まだ仕事が残っている」
と突っぱねられた。
残っている仕事とは、他の政治家一族の邸宅を荷馬車で訪問し、ブライム家でもらった書面を見せて、同意を取り付けることだ。エングダルー、タスンドゥ、ネイクリズといった家には、荷馬車より早く伝言が伝わっており、フルィダックは能率的な進行に満足した。
翌日一日は、海軍の要塞が主な仕事場となった。バン・チオン人たちはジョウト・チャック・デ・オーチョンを分解し、運びやすい塩いり小箱に入れて、海軍の船を使い、近くの市と共和国に贈ることにした。陸路が近い都市にも、ちゃんと贈り物が届くよう計らった。
ブライム家で作られた「文明的な取扱いかた」の書状は、四つの名家から無償で提供された書記官に写され、小箱とともに送りだされた。
徽章をつけたバン・チオン人たちは、血の報復以前と全く変わらない態度を保って勤務した。海軍は依頼される『盤石の護衛』を受け、数の減ったぶんは指揮官を任命しなおし、将軍は以前よりきびきび動く部下にいたく満足した。
徽章を着けていないバン・チオン人のひとり、フカーリルは、海軍の厨房を牛耳った。垂木から鉤で吊るした豚を、鼻歌まじりに手斧で解体しながら、少しでも変な動きをする者が居ると、その鼻さきに手斧を投げつけるのである。
斧遣いシェフは将軍に、
「ここで使用できる香辛料は数が多くて魅力的だが、それに頼り切って、自分の創意工夫が鈍るのではないか心配だ」
と冗談交じりにこぼした。他の徽章を着けていないバン・チオン人は、徒手の者もあれば、片手剣を持つ者もあり、いずれも海軍要塞の内外を調べ、警戒して待ち構えていた。
だが予想された反撃は、剣も、毒も、魔術も、他の形でも、まったく現れないまま40日が過ぎた。
誰が書いたのか、おそらく血であろう塗料で、
「報復したいならしろ。同じように報復される覚悟はあるか」
と要塞の外壁に大書された文句は、何度かの嵐に洗われて色を薄めた。
腐敗する前に、死骸は貧しい者たちが持っていき、有効活用した。
その間に共和国で起きたのは、選挙だった。ブライム家も、サレ・カストー家も、ほかの一族も、選挙を行い、改選された議席の最多推薦による元首選出を目指したのである。混乱の極にあったオーチョン家だけが、参加しなかった。
甘言と金品や約束ごとの往来のあと、元首に選ばれたのは、係累がほとんどいないタスンドゥ家の老人であった。綱引きが熱心過ぎたせいだ、と市民たちは頷きあった。各勢力は、『均衡がとれた状態』で、影響力を失ったも同然だったのだ。
すると無難な政治観で、先の衝撃的な報復に動揺しなかった人物が、おのずと好ましく思われるように、浮かび上がってくる。派手な衣装の群衆が広場を埋め尽くすと、たった一人だけ普段着の者がこの上なく目立つ。
こうして誕生した新元首は、『バン・チオン人との約束』を硝子板に挟んで、縁を黄金で装飾したプレートを、庁舎の正面玄関に飾った。
元首就任式にフルィダックはいなかった。『盤石の護衛』のため、アフ諸島ゆきの船へつきそっていたのだ。
将軍が帰港した際、なぜか新元首と議会の重鎮がそろって埠頭を通りかかり、彼に新しい徽章を贈ってくれた。
春の帰郷を喜んで認めること、軍人となるバン・チオン人が居てくれることは喜ばしい、絶対に軍入りを強制しない……といった繰り返しが三回目になると、将軍はぞんざいな敬礼をして、お歴々を押しのけるように立ち去った。

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