スピンアウト作品:記録された血の報復

裕福な共和国のある一族が、係累の大半を失った事と、それにまつわる話は、蜜蜂のうなりのように沿岸を往来した。オーチョン家は剣をもって戦える血族全てと、市内の邸宅及び軍にいた雇用人全ての生命を奪われたが、財産やそれ以外の雇われ人は存在を無視された。手つかずで無事だったのである。
この奇妙な慈悲と、軍で見せた変わらぬ勤務が、噂話に不気味な色を添えた。残された血族は、脇目もふらずに慈悲に甘えた。降って湧いた遺産相続の争いに熱心になることで、恐怖を忘れようと努めた。選挙などどうでも良かったのである。
噂を聞きつけた中には、バン・チオン島にやってきて、金品を差し出して傭兵を雇いたいと申し出る人もいた。勇敢な新人募集は、笑い声で追い返された。
「バン・チオン人は自分で職を選ぶ」
「誘惑するのは、島の外でやってもらおう」
殺されずに帰れてよかったな、と出迎えられた話も、これまた各地に広がった。
オーチョンの名を持つ老人が、血の復讐を求めて7回も暗殺者を雇い、将軍を殺すのに成功した話もあるにはあったが、正確なところは広がらなかった。
持ち帰らせたフルィダックの生首を据えて、老オーチョンは主神殿の礼拝室を一つ借り上げ、葬儀まで執り行ってやった。痛風を患い、心臓の働きも危うかったが、この日ばかりは輿に乗って外出した。本人も周囲も、とうに消え失せたと思っていた笑顔が、皺だらけの顔を彩っていた。随伴する使用人たちは、老人の偏執的浪費がこれで終わると、ほっとした顔をしていた。
それも葬儀に、毛羽立ったブラシのような黒髪の男がやってきて、
「俺は誰の葬式にでてるのかな」
と小首を傾げるまでのことだった。
制服も徽章もなかったが、棺桶の中にあるのとそっくりな、向かい傷の走る顔を見て、喪主は喉を詰まらせた。そして、少しでも棺桶から遠ざかろうと押し合いへし合いする人々から、省みられることなく絶命した。
将軍は棺桶から首を取り返すと、携えていた麻袋に詰め、何も言わずに出て行った。彼の足が向く先からは人が消え失せたので、来た時よりもずっと速やかな退場だった。
『血の復讐』の話自体、かなり脚色されたが、このエピソードはとりわけ様々に潤色されて伝わった。中には、
「首のない軍人の胴体が、礼拝室に歩いてやってきた。棺桶の中身が、『まだ葬式をあげてもらう必要はない』としゃべった。首のない体は、頭を取り返すと、元の位置に据え付けて、帰って行った」
ことになっている話もある。
将軍は、黙って肩をすくめるだけだった。暗殺者を丁寧に埋葬し、『光を操る精霊』を島に連れ帰る役目は、片手剣の武術の師マルナパが引き受けた。
このように、彼らの基準で『平和な日』が120日続いた後、徽章のない者はそれぞれの雇主を探しに、あるいは元の仕事に戻っていった。軍に属している者はそのまま勤務を続けた。
バン・チオン人の『致命的な気の短さ』は、様々に語られるが、『完全に怒らせた時の報復』が歴史に記録される形で伝えられたのは、これが最初であった。

手斧を使う料理人、フカーリルは、船で6日の距離にある村の旅籠に再雇用された。
彼が厨房で作り出す肉の煮込みや、詰め物をした鴨の丸焼き、素晴らしい野菜と豆のスープは、熱烈に歓迎された。『血の復讐』事件の話が街道にも広まってからは、バン・チオン人のシェフが居るだけで、旅籠内のトラブルが激減したということである。

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