情報整理:児童ポルノの画像RTしただけで書類送検の話

「ポルノ」=「ポルノグラフィー」、日本語での表現は『猥褻物』。

すると、『見る側が猥褻と感じなければポルノではない』という強弁が成り立つ。視る側があまり同情心や感興をひきおこされない、見た目のよくない人間がなにかしてたりされてても、「ポルノじゃない」なら無視されるのでは、と危惧します。

同じような危惧を、痴漢被害の訴え辛さにも感じるのですよ。
「見目麗しくない」のなら「痴漢被害」に遭うはずがない、という思い込みの壁に、ぶっつかる辛さ。
見目麗しくもなく、抵抗しなさそうな、大人の要求に素直に従いそうで脅しやすい子どもが、性虐待に遭っても「訴え辛い」ってことに通じる。

「被写体となった個人への人権侵害を許さない」という法律ではなくて「わいせつで、見る人の性的興奮を引き起こして風紀や性的秩序を乱すからダメ」って法律になっている、という指摘を拝見し、首肯しきり。( https://twitter.com/konme222/status/535722498357088256 )

「ポルノって用語は本当に、人権侵害に遭ってるヒトを救わないよ」
という主張の論拠。最大の論拠は私自身です。
片目が斜視で、きのこカットの顔色青白い大人しい子、でしたね。あと礼儀正しさゆえに、自分の不快感を言い出せないから、自分がされていることを何か間違ってると感じてもいえなかった。

周囲の大人も、「まさか地味と不細工を併発した頭のよさだけで将来を掴みとる系のこの子が?」という思い込みがあります。
「性虐待をどう告発したらいいのかわからないし、告発それ自体が傷を広げるんじゃないか、というかそもそも面倒臭い」
という考えから、真面目に取り合いませんでした。
現に言われましたよ、「面倒臭いこと」と。この件に関して「親にも事情がある」云々の妄言は、発言の自由を認めますが、同意する合理的理由はありませんね。

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