スピンアウト作品:山に住みたい魚の話 1

スピンアウト作品:山に住みたい魚の話 1

坊さんを見捨てると祟るらしいですから

ク・タイスの冒険者ギルドは、コリウォンの迷宮に潜る以外の仕事も斡旋してくる。4人パーティのボリスたちに割り当てられたのは、コリウォン迷宮の支脈ともいうような場所にある、3層ダンジョンの探索。そこの奥にある『青ヒスイ』という貴石を持ち帰ること、ただしモンスターが所持。
「僧が居ないこの時に限って!くっそいい割りなのに。断るしかないんかいっ!」
リーダーと指名されたわけではないが、この手の仕事をもぎとってくるのは赤毛の怒矮婦(どわーふ)女性、ヨアクルンヴァル。ギルドの紋章付き依頼書をテーブルに投げ出しながら、自身もどすんと腰を下ろす。
既に座っていた2名が、無言で肩をすくめた。一人は黒に近い褐色の肌をした筋肉質の青年で、肌とは対照的に白い、まっすぐな髪を首の後ろでくくってある。生成りの袖なしチュニックと、枯葉色のズボンといういでたちなので、荷運び人と間違われそうではあるが、その皮膚に走る傷跡の数と、眼光の鋭さから、戦士と知れた。年齢のころは20代半ばと見える。
もう一人は、戦士の男と同じくらいの背丈だが、明るい茶色の目と、灰色の鳥の巣のような髪をしたもっと若い男だった。まだ10代らしく、褐色の肌は滑らかで頬にはそばかすが散っている。砂のような色のローブと、椅子の背にかけてある杖の装飾からして、魔法使いと知れる。
ヨアクルンヴァルが一息にエールを飲み干したタイミングを見計らって、魔法使いが言った。
「そのことなんですが、ギルドにフリーの僧侶を一人お願いしたんです。もうすぐ来ると思いますよ」
「はあ?『ふりいのそうりょ』だってー?」
「僕たちのパーティは僧侶とか治療師が居ないと、上手くまわらないんじゃないかなって」
あからさまに嫌みな聞き返しに、魔法使いテイ・スロールは出来るだけ純真そうに頷き返して、傍らの戦士の肘をつつく。
「ボリスもそう言ってたですよ。ね」
「あ、うん。そうです」
言った記憶はなかったが、ボリス自身もパーティ構成の必然は理解している。戦闘ハンマーを振り回し、高い防御力で魔物を抑え込めるのが重装戦士のヨアクルンヴァルだとするなら、両手持ちの魔剣をふるい、あらゆる装備、資産を防御よりも攻撃力に注いで切り込むのが軽装戦士の自分の役目。
致命傷を負う前に倒す。
致命傷を負っても、回復できる≪呪文の使い手≫がいればいい。
だが回復呪文の使い手が居なかったら?4人いたうちの一人が、理由不明なまま失踪してしまったら?
その答えは、直前に3人で受けたクエストの収支だった。≪傷封じ≫他の回復呪文の物品代が、褒賞より2割上回って、ヨアクルンヴァルは機嫌が悪くなった。
「フリーランス登録してる連中は、ベッドの虱より信用ならないんだよ」
今のヨアクルンヴァルは、収支計算した時と同じくらい眉を寄せている。丸顔の怒矮婦は30代に見えるが、もう40歳ちょっとの年齢だというから、相応に根拠あってのことなのだろう。
ボリスは、もう一度肩をすくめてみせた。
「いないとどうにもならないんです。顔合わせだけでもしませんか?」
そのとき、明らかに彼らのテーブル目指して近づいてくるローブ姿があった。

「ドゴン族?きいたこたないね」
ハッ、と吐き捨てかねないような口調のヨアクルンヴァルに、やってきた女僧侶はにこにこ笑顔を崩さない。
「私の種族、この国には私一人。≪深きに眠る御方≫の信徒も少ない。知らなくても、仕方ない」
若い女の声は、青灰色と言ってもいい唇から紡がれる。顔と首の一部だけだが、見える部分の皮膚は、すべて滑らかな青灰色だった。
ドゴン族のメバル、と名乗った少数民族の女僧侶は、艶やかな銀糸刺繍を施したケープ付きの白ローブの下に、紺色のタートルネックを着込み、ラムスキンの手袋をしたままマグカップ一杯の真水を飲み干した。足首まであるローブの下からは、白っぽい色のブーツのつま先が覗いている。
肩に広がるセミロングのサラリとした髪は、ちょっとお目にかかれないレベルの青みがかった銀色で、森人(エルフ)族のようにも見える。が、ナイフで適当に切ったとしか思えないレベルのばっさりぶり、左右非対称ぶりだ。
ドゴンの名は、多種族混在の自由都市でも聞いた覚えはない。森人(エルフ)、怒矮夫/婦(ドワーフ)、巨人(ギガース)族は多数居るし、獣人族や水晶柱のような結晶(クリスタ)族も少数とはいえいる。名前を聞いたことすらない種族が他に居ても、可笑しくはないのだが。その名は、ボリスの耳に妙にひっかかった。
「それでも≪全回復≫や≪解毒≫≪解呪≫の呪文まで使えるんでしたよね」
せっかくきた僧侶を逃がしたくないテイ・スロールが、すかさず水差しからマグカップを満たす。女僧侶は金色の目を細めて、それをさらに飲み干した。
「私は水界の神に仕える身、呪文は全て学び修めた。薬草、魔法素材、魔物の知識も学んだので、希少素材でも判定できる」
「凄いなあ。それって、よその宗派なら教会ひとつ任されるレベルですよ。自分は≪豊饒の大地≫で学んだ魔法使いですけど、まだ≪旅修行≫の位階です」
ボリスが見守るうちに、三杯目が満たされた。女僧侶はそれも一息に飲みほし、笑んだ口元をペロリと舌先で舐める。
居心地悪さに目をそらすと、顎に手をあてているヨアクルンヴァルが居た。その表情で、素材鑑定のために払う手数料と、事前に鑑定してもらった場合の利益が計算中だと解る。あと、(主にボリスが)消耗する回復物品の代金。
「私、ヒトの三倍は水を飲む。だが≪水清め≫≪水造り≫の呪文で自前の、用意できる」
ドゴン族女性は、カラになったマグカップの中を見つめながら、下唇を噛んだ。
「私は体力ないが、パーティの負担には、ならないように、する。だから、」
メンバーに加えてくれないか。
それは口にしなくとも伝わっている。ボリスとヨアクルンヴァルの目が合った。
魔法使いのテイは、17歳で最年少メンバーなりに、考えてギルドに人材あっせんを頼んだのだ。そして、いちばん消耗して回復を必要とする戦士二人に、決定権がある。
それと解らない程度に、ボリスは頷いた。
(悪くなさそうです。今回だけでも組んでみては)
魔法使いから水差しを取り上げると、ヨアクルンヴァルは身を乗り出した。
「今度のクエストは、ちょっと離れた山の中なんだけどね。くわしい話を聞いてくれるかい」
「はい、聞きたい!」
マグカップ一杯に水を注いでもらった女僧侶、メバルが仲間になった。

水差し2杯ぶんの水と、マグカップ3杯ぶんのエールが消費されて、うちとけた雰囲気のうちに散会となった。戦士二人組は『最初の宿』に近い繁華街の宿へ戻り、メバルも途中まで同道だという。テイは魔術師ギルドの宿舎を会員価格で利用できるので、一人先に別れた。
ヨアクンヴァルとメバルが並んで、数歩後ろをボリスが歩く。これがダンジョンに潜りでもしたら、今のメバルの位置を軽装戦士が、今のボリスの位置にテイとメバルが並ぶだろう、などと考える耳に、前方の女性陣の会話が流れてくる。
「よく水を飲むってことは、喉が渇きやすいんだねぇ」
「はい。一日に水袋5袋、ヒトの3倍は飲む。ドゴンの祖はお魚だ。水がないと、乾き死ぬ」
(それはヒトの5倍です!)
言いたかったが、ボリスはこらえた。メバルは真面目そのものという顔で応答するし、ヨアクンヴァルは気にしてないようである。金銭以外の計算はこだわらない、それがこの怒矮婦の鷹揚さ。
「メバルってな、魚の名前だね。本名なのかい?」
「はい。一族の伝統、『釣った魚がわかる図鑑』から名付けてもらった」
酔いのせいではなく、戦士二人がバランスを崩した。すっころばずに踏みどまったのは、日ごろの鍛錬の成果である。
「大丈夫?」
「う、うんアタシは大丈夫」
不思議そうに小首を傾げた僧侶が、軽装戦士を振り向くので、大丈夫だ、と手を振り返す。
(どんな一族ですか、ドゴン族って!)
と叫びたいのをこらえていたら、額にじんわりと汗がにじんできた。
「私はこちらの道をゆく。明日、西の城門に、午前の第2課の鐘が鳴る時刻に、待ち合わせだな」
二人に頭をさげると、女僧侶はとある通りへと角を曲がった。酔客より娼婦や男娼が多い通りだった。銀髪を肩に流した白いローブ姿は、あっという間に曲がった街路で見えなくなった。
「ありゃあ一体、どういう僧侶さまなんだろね?」
「さあ」
ボリスは肩をすくめるしかなかった。

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