スピンアウト作品:山に住みたい魚の話 1

約束の時間より早めに着くよう宿をでたのに、僧侶メバルはもう待ち構えていた。昨日のと同じ銀糸刺繍の白ローブ姿で、羊飼いが持つような簡素な木製の杖と、革で作られたポケットのたくさんある背嚢を携えている。そして、あまり盛り上がり豊かとは言い難い胸の中央に、鎖で吊るした≪象徴≫が輝いていた。
宗派によって、位階によって、形状や素材は様々だが、≪象徴≫はたいていの僧侶が身に帯びている。メバルが昨夜口にしていた≪深きに眠る御方≫の象徴は、絡み合う真鍮製の触手の固まりの真ん中に、銅でできたボールが二つのっていて、さらに触手の上側になる『頭部』と思しき部分からは、蟹のような黄色い目玉が二つ、突き出していた。
真鍮と銅と、二つの黄水晶でできた……ミートボール載せスパゲッティの怪物、とでも言うようなものだったが、定刻に現れたテイ・スロールも含めて、誰も何も指摘しなかった。待っている間に、メバルは6回ほど水袋から喉を潤した。
ク・タイスの宗教界が(表面上は)守る不文律の一つ、「自らを生きよ、そして他を生きさせよ」の実践である。
せっかく捕まえた高位僧侶を、下らん冗談で逃がすわけにはいかないではないか。
テイ・スロールは、≪豊饒の大地≫が好む砂色のローブとマントに、魔法使いの杖と、メバルや他のメンバーと似たり寄ったりな背嚢。指輪や、サファイアのついたネックレスといった、魔力の装飾品が増えて、さらに頭の上には黒いつばなしの筒状帽子が載っている。灰色のくしゃくしゃな巻き毛頭なので、さながら鳥の巣の上にひっくり返ったゴミ箱だが、誰も何も指摘しなかった。
一番外見が変化しているのは、ヨアクルンヴァルとボリスだろう。
身長4フィートかっきりの怒矮婦は、埃っぽいえんじ色のマントの下に、精巧な彫りの施された全身鎧を着込み、背中にはひきずりそうな長さの戦闘用ハンマーを負っている。ふんわりした赤毛も、今は銀色のかぶとの下だ。
身長5フィート8インチのボリスは、肩当てとひとつながりになった胸甲、前腕と膝から下を覆う、魔力強化された革鎧。肌着と鎧下を兼ねる生成りの半そで綿シャツとズボン、補強つきの膝丈ブーツ。目につく武装は背中に負う魔力の両手剣。あとは予備の短剣5本が、腰のベルトや、革鎧の下側の鞘に収まっている。
兜の類はなく、額で分けて首の後ろで結った白い髪を、さらに金属で補強した布で押さえてある。異国の戦士たちがハチガネ、と呼ぶものだ。魔力の装飾品類といえば、耳のピアスや、首や上腕の宝石がついた革帯。
汗をかくのと、少しでも反応を鈍らせたくないために、上着は丸めてナップザックと一緒に背負っている。
3人と1人は、数秒のうちにお互いの身なりを点検し、4人で歩き始めた。
「装備が整っているパーティは、生存率が高い」
とメバルが微笑んで、水袋から大きく一口飲むと栓を閉めた。

コリウォン迷宮の支脈、とされるそのダンジョンは、徒歩で4日かかる距離の、丘陵地帯が尽きて最初の山になる場所にあった。迷宮発見の初期に探索されつくし、さびれた場所なので放置されていたところに、魔物が住み着いた。今回の依頼は、そこに住む魔物がたまに持っている≪青ヒスイ≫を入手すること。クエスト条件は他の指定がないため、時間をどう使おうとも冒険者の側の裁量次第。
「途中で魔物がでたら倒して、素材はしっかり鑑定してもらうからねっ」
頼むよ!と背を叩かれて、細身のメバルはたたらを踏んだ。
今までの徒歩移動は、いちばん体力のないテイ・スロールに合わせて半刻に一度小休止を取っていたが、今回は半刻に二度とった。うち一度はメバルが長々と水を飲み干す間立ちどまるだけで、もう一度はメバルが水を飲み、手に取った水で耳元を拭いおえ、他のメンバーも小休止する程度の時間をとった。
昼食の為に街道脇にそれた時だけ、メバルが茂みに姿を消した。
「あれだけ飲んどいて……」
「テイ。アンタそれ、妙齢の女性に言ったら殺されるからね」
スープに刻んだ干し肉を入れろ、と魔法使いがせかされた時、片腕を戦利品で一杯にした女僧侶が戻ってきた。
「カラシ菜、レタス、こっちがブディンベリーと、枝に残ってる杏があった」
メバルは殆ど具のないスープの≪水分≫だけコップに取り分け、後は自分の袋からペミカン(ナッツ、乾燥果実を獣脂で固めた保存食)を引っ張り出した。杏はひとつでいい、あとは皆で食べると良い、と遠慮して。
食後の数分に、女僧侶は≪水造り≫の呪文を唱えて、鍋から空いた水袋へと何度もコップを往復させた。最後の1リットルくらいは鍋から掬って飲んでいた。
絶対ヒトの5倍は飲んでいる。だが野菜類と果実で食卓が潤うなら、この際彼女が何者でも構わない。
一日目の昼間は何事もなく過ぎ、街道ぞいの大きな農場に宿も得られた。旅ゆく者たちにパンや食料を小売りしたり、宿を提供するのも、独立農場ならでは。貴族家の小作から独立した農場は、庇護を得られない分、自由に貨幣を稼ぐことができる。
多種族混在都市、ク・タイスの近所だけに、メバルの外見も、戦士二人のごっつい装備も、眉一筋動かすことなく迎え入れられた。
二日目はあいにく借りられそうな屋根のない、川沿いの土手で野宿となった。火を小さくした焚火の周囲に寝袋を広げて、見張りの順番を決めようというとき、メバルが一番に手を上げた。
「私、真夜中の刻限を担当する」
と。真っ先にボリスが首を振った。
「それはいつも僕が担当してます」
「それかアタシがね。僧侶にはもっと危険度の少ない時間帯、夜明け前でどうだい」
戦士二人の反論に、メバルの柳眉が寄せられた。その表情に、ヨアクルンヴァルが大きく溜息をついた。
「メバル。アンタは僧侶なんだ。第一にその仕事をしてくれたらいい。他の事で、頼まれてもいないのを、頑張る必要はないんだよ」
「でも。私は」
「他所のパーティで苦労したんだろうけどさ」
銀の籠手が、ローブの袖を叩いた。安心させるように、軽く。
「アタシたちにはそんな、溶け込みたいです頑張りますなんてしなくっても、いいから。そうだろ?」
「でも私は…」
まだ言いたそうだったので、ボリスも加勢した。
「そうですね。僕の担当を横取りしないでほしいです」
「う……でも」
「メバルさん、深夜に起きてるのはお肌に悪いですよ」
「いやそれ関係ないから!」
「いやそれ関係ないです!」
テイの見当はずれなコメントに、二人分の叱責が同時に飛んだ。うへぇ、と首をすくめる魔法使いに、メバルの表情から力が抜けた。
「私、喉が渇いたのだ。水を飲んでくる。見張り決めは、任せた。決まったら教えて欲しい」
とことこと土手を下っていき、川面に頭から突っ込む僧侶。
溺死しようというのではなく、単に水を飲んでいるのだというのを遅まきながら理解して、三人は顔を見合わせた。
「ありゃあ、相当な苦労人だね」
「少数種族で女性となれば仕方ないです」
「美人さんですしね」
テイの無邪気なコメントで、残る二人の上に軋むような沈黙が降ってきた。ク・タイスの冒険者なら誰もが思い当たるような、嫌な話も見聞きしてきた年長者たちの上に。
「あああの、も、もしかしてそ、う、思いますか、ヨアクルンヴァル」
「ボリス、落ち着いて、ほれ深呼吸。苦労人なだけかも知れないじゃないか」
「すーはーすーはー」
「第一、あの子はすごく育ちがいいと見た。手っ取り早くパーティに入り込むために、誰でも寝袋に引っ張り込むよなタマじゃない」
「す・ゴホッ」
咳こむ背中を叩いてやり、ヨアクルンヴァルは目を上げた。光る川面から、メバルが勢いよく頭を上げた所で、水滴を垂らす髪は銀を溶かしたよう。髪を後ろになでつけ、手の甲で額の水を拭いながら歩いてくる笑顔は、青灰色の皮膚であっても、あるいはその色だからこそ、地平線に現れたばかりの月のようだった。
月は地上から遠すぎて、自分が羨望の目で見られていることを知らない。
「まあ、アンタは引っ張り込まれるよーな脳筋でもないか」
「……たった今非道な侮辱を耳にしたんですがー」
抗議の声を無視して、女戦士は魔法使いの隣に、わざと鎧を鳴らしてたった。そばかすの残る弱冠17歳、惚けたような顔(いや実際惚けている)の青年に、でっかいクギをさしておかねば。
「僧侶の≪死の解放≫を受けるような真似すんじゃーないよ」
「は、はい?」
剣呑な単語への反応に、やっぱり知らんかったね、と嘆息してみせる。
「僧職の者は、沢山のヒトの命を救うからね。死を阻んだとき、失われるはずだったエネルギーは、僧侶の元に留まり続ける。自分の尊厳と生命を守るときだけ、僧侶は意図してそのエネルギーを解き放てるんだってさ。それが、≪死の解放≫というんだと」
冒険者といえど、ヒトなんて即死するってさ、というダメ押しもつけるのを忘れない。伝聞だが、高徳の僧ならそれができる。メバルの惜しみない呪文の使い方は、高い魔力を示しているし、あながち不可能事とも思えない。
見張り番は、これまで組んでいた僧侶が担当していた時間、つまり夜明け直前の時間帯を、メバルが担当することになった。焚火を挟んだうえに、ヨアクルンヴァルをまたぎこさないとたどり着けない場所に寝袋が動かされている、と気づいた彼女は、口元に小さな笑みを浮かべた。 

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