二次創作小説『いつか教えよう』

mash01(おっホイP)さんの投稿曲、『おしえて・・・』に着想を得て、二次創作小説を書きました。(リンク先はニコニコ動画で曲がながれます)クローズドSNSで公開していましたが、このほどmash01さん許可のもと、此方にも公開いたします。
なお、この小説は、「ツイッターで投稿する感覚で文章を書くオンラインツール」こと、『ツイ連エディタ(βバージョン)』を利用して執筆しました。

本格ファンタジー文体にて『続きを読む』からどうぞ。

いつか教えよう

彼が街を離れたのは、≪詩人≫の修行を始めた6歳の時だった。森神の信仰篤い土地で、王は必ずドルイド僧から選ばれた。≪大地の結び≫をもった王は、土と森と心身をひとつに結びつけていたので、王が祭祀すると、畑、果樹園、放牧地は必ずおおきな恵みをもたらした。
そういう土地で、ドルイドの高僧から、≪詩人≫の才あり、と見出されたことはとても名誉なことだ。詩人は祭祀に無くてはならぬ。過去の祭を全て記憶し、新しい祭をする際は、豊富な知識をもって王や僧たちの相談役となる。
彼は耳で聞いたこと、目で見たことを決して忘れない子どもだった。
6歳の夏至を前にしたある日の夕暮れに、彼は師匠のドルイド僧に連れられて、他の修行者たちとともに街を囲む山の奥、聖なる森へと歩いていった。
歩く行列は、いつもの夏至よりちょうど、100人ぶんだけ長かった。
街にある≪母なる天空≫の神官たちが全員、同道したのだ。
この夏至に、流星の夜が予測された。星読みや測量をもって、暦づくりに従事する≪母なる天空≫の成果である。ところが、神官たちは≪流星の夜≫が大災厄となる、と強く主張した。
街の者も周辺の畑の者も、皆、山へ逃げろ。流星の夜は大災厄となる。
王はすぐに全ての通りに御触れをだすべし。
王も、相談役の詩人も、役人も、突然のことにあっけにとられた。
暦づくりの神官が、何を言い出す?
予言やもっと霊的なこと柄は、森神を奉じるドルイドや王の役目。何より、大地の結びを持つ御方が何も感じておられぬ。
会議に出ていた者たちは、嘲笑こそせなんだが取り上げもしなかった。
そういう風だったから、母なる天空の神官たちの言うことは、街でも村でも無視されて、夏至の前には、ドルイド僧について山へ行く100人きりが孤立してしまった。
それでも彼らは悲しげに首を振って、神殿の一切合財を処分し、担いでゆける物はすべて担いだり、手押し車に乗せた。
青空や夜空の色をした≪母なる天空≫のローブの列は、草木染のドルイド僧たちの行列に、黙々とついてきた。まるで誰かが死んだか、これから死にゆくのを眺めるように、百もの人がいるのにしわぶき一つなく、胸をふさがれて声がでないかのような沈黙だった。
彼らの悲しそうな目をみて、彼は不思議と胸が騒いだ。家にいたとき≪詩人≫から与えられた、13弦琴をそっと抱えなおした。それはお守りのように、繊細な恋人のように、腕の中でひっそりと息づいているかのようだった。
そして、夏至の夜。ベルテンの大きなたき火を用意して、太陽の最後のひと筋の光が消えた直後に、大いなる禍は始まった。
彼は13弦琴を携えて、先輩の楽僧とともに丸太の上に敷いた革の上で、踊る男女のための楽師として、高僧が祭の始まりを告げる時を待っていた。
高僧は、樫の木の上に飾られた大鏡をじっと見上げて、街からの知らせを待っていた。
街では、大地の王が、同じような鏡の前にいる。
街のドルイド神殿でもある王の宮(みや)では、一番高い櫓に、大篝火が用意されている。大地の王が、太陽の最後の光が消えると同時に、これを赤々と燃え上がらせるのだ。
その光を、高僧は待っていた。
ベルテンの踊り手たちや、楽師たちの輪の外、ほとんど木立に隠れるようにして、≪母なる天空≫の神官たちも、何かを待っているようだった。
薄暗い顔は、みな一様に、最も辛い刑罰の宣告をまつ罪びとのようだった。

西の空には茜があるが、東のほうが夜の色を濃くしつつある頃。流星が1つ、その藍色を横切った。踊り手のひとりが目ざとく見つけ、声をあげた。人の間にざわめきが広がる。
最も幹太く樹勢のある樫の枝の上、大鏡を見つめる高僧だけが、静かに知らせを待っている。
ドルイドたちの静けさを乱したくなくて、彼はそっと指を開いてみた。手のひらの汗がさっと冷える。滑らかに指が動いてくれるよう、握ったり開いたりしているうち、肝心の瞬間をみのがしてしまった。
おお、という声が僧たちの間からあがって、慌てて大鏡を見上げると、もうオレンジ色の炎を映しているではないか。
高僧がさっと手を振り下ろす。まず皮張りのドラムで楽師たちが音頭を取り始める。13弦琴をもつ彼らは、いそいそとメロディーを鳴らしはじめた。
ベルテンの火にまけじと、街の宮でも楽師たちが情熱の調べを奏で始めているところだろう。
一瞬、一拍ごとに、喜びへの期待が高まっていく。最初の一組が火の前に進み出るのはいつだ、と目と目が探り合っている。見物の者は手拍子をはじめ、時折流れる星を発見しては歓声があがる。
声がひときわ大きくなったとき、彼は何かが変だ、という感覚で楽器から意識を引きもどした。歓声ではなく、疑念と警戒の叫び声が、意味をもった言葉となって耳に飛び込んでくる。
「どんどん近づいてないか?」
「星が!」
「街の宮に──」
言い果せないうちに、巨大な火の球が眼下の盆地に落ちた。彼の目は、くっきり黒い影を落とす街の輪郭をとらえていた。
その後の轟音や悲鳴は、ドルイドたちの味わう感覚に比べれば大した騒ぎではなかった。
焼き尽くされる『土』が伝えてくる感覚は、自分の足を炉に突っ込むようなものだ。それに、一瞬で燃え上がり、消滅してゆく『生命』たちの絶叫が、ハンマーのように背骨を叩く。
大地の感覚に打ちのめされ、気絶した彼が目を覚ました時、手当してくれていた≪母なる天空≫の神官は哀しげだった。
起きてみると、空気は鍛冶屋の炉のように暑苦しかった。
寝袋から這い出して眺めた外輪山の内側は、真白の炎に燃やされていた。もはやどこが中心で、街の在った場所なのかも定かでない。実り豊かな草地や果樹園の詰まった宝のお盆だった土地は、夜も昼も消えない炎が渦巻く場所になり果てていた。
聖域の森は無事だったが、それすら、高熱に身をよじるかのように苦しんでいるのが、彼のような修行者にもわかる。
こうして大災厄は起きた。≪母なる天空≫の神官は、≪外なる神≫のもたらした『水では消えない炎の星』を監視する責務を引き受けた。
ドルイドたちが回復すると、高僧たちによる占いの瞑想が行われた。肉体を離れて、夢の砂浜に魂を歩かせることは、大きく傷ついた土地の近くでは危険なことだ。
それでも、僧たちは大いなる夢歩きを行い、託宣の夢を得た。
「この地を離れよ。空のした、大地のうえで眠れ。街に戻ることはかなわない。他所の土地を得ることはかなわない。≪大地の結び≫を持った王が居ないからだ」
ドルイドたちは≪母なる天空≫の神官団と話し合いをもち、自らの傷が癒えるのを待って、人々を率いて旅にでることにした。
何がいけないことだったのか、年少の修行者だった彼には分からない。大人たちにも、解らないことだった。誰も過ちや罪をなしていないのに、≪外なる神≫という奴は、気まぐれに炎の星を投げつけたのだから。
踊り手たち、楽師たち、そして大地を知るドルイドたちの一族は、旅しながら生きる道を選びとった。
彼のいた土地の話は、すぐに近隣に知ることとなった。
近くの国は総じて同情的で、城壁の外でも快適に過ごせるよう、彼らに特別の計らいをしてくれた。
それでも一族の誰もが、壁の中、天井のある場所では宿をとらなかった。病のある者、妊婦や幼児だけが、テントを使った。よほどの悪天候のときは、洞くつを探したり、ドルイド僧が樹木に頼んで、自然の天蓋をつくってもらった。
目に見える傷はなくとも、誰もが目の奥の深いところに、熾火のようにくすぶる痛みを持っている。≪母なる天空≫の神官たちが、予想される悲劇を回避できない苦しみを目の奥に宿していたように、彼らは理不尽に奪われ、回復の手立ても見つけられない痛みを持っている。
あの日、街で一人が死んだなら、その人の家族、友人、知人は何人もいて、それぞれに悲しんだ。
彼らは旅をつづけ、なじみのない土地にも足を運んだ。
彼らが知らない神を奉じていて、彼らの物語をよく知らない、異郷の人々は不安げに旅人たちを迎え入れた。時には彼らが通った道の後に、唾を吐いてそれを踏む者もいた。
「神の怒りにふれて故国を追われた、呪われ者たち」
そう呼ばれたこともある。
成長し、楽師であり詩人でもあるドルイド僧となった彼は、悲しみの熾火を目の奥に持ったまま、沢山の物語を語った。物語こそ、旅ゆく者たちの悲しみを共有させ、励まし、明日の目覚めまでの眠りを安らげてくれるものだったから。
彼は自分の記憶している事、そして先人たちが語り聞かせたすべての事を憶えていて、組み合わせて語った。
王の宮にある木々が、ドルイドの語りかけに合わせて、自ら椅子や机の形に育ったこと。蝶も蛙も蛇も、すべての生き物が何か仕事をもっていて、その生命をつないでいること。死んだ生き物の扱いかたや、誤って葬送したときにどんな怒りがふりかかるかという教訓。精霊の示す象徴の読み取りかた。いたずらをする妖精との付き合い方。
金持ちの話、貧乏人の話。恋をした話、恋にやぶれた話。夫婦がいさかいをしたり、仲直りをした話。
ときには組み合わせた結果、全く新しい話になることもあった。いつも通りのつもりで、とんでもない失敗をした僧の話。頭が悪い人がそれと知らず賢いことをしてしまった話。王の求婚を断った、筋金いりの語り手の話。
大災厄のとき、≪母なる天空≫の神官が引き受けた使命のこと。危険な夢歩きから帰ったドルイドが語った、一族を今のようにあらしめた託宣のこと。
託宣の話をすると、大人たちは悲しみの熾火を目の奥にかきたてられるようであった。それで、彼は13弦琴を手にして、夏至を待つ乙女の詩を歌にのせ、彼らの痛みを和らげた。
詩人としてあらゆる記憶をもつと、過去の事柄の重さに背骨が折れそうな気持になることもある。
だから、彼は子供が好きだった。今日のこの一日のことだけを考えて、きつい水運びの後でも遊びを忘れないからだ。幌馬車の後ろの日蔭に座って、石けりをする子たちを見守るのは、老齢に近づいた彼の仕事のひとつだ。
子供の一人が、顔の汗をぬぐって駆け寄ってきた。その女の子は、長く伸ばした髪を頭の横で二つにくくってじゃまにならないようにしていて、脇にスリットをいれた乗馬スカートの埃をはらうと、≪詩人≫の横にどすっと腰を下ろした。
「何かお話をしようか」
と話しかけると、彼女は首を振り、黙って13弦琴を指さした。
≪春の蜜蜂≫という、野遊びの誘い歌の出だしを軽く弾くと、女の子は、
「4日前も、それきいた。春の蜜蜂」
と言って、他の歌をねだった。
彼は不思議な胸のざわめきを覚えた。この子は、記憶力がよいのだろうか、それとも今のは偶然、言い当てただけだろうか。
「そうか、他の歌がよいかね。5日前は何を弾いたかな」
「ううん、5日前はお話だった。『奥さんにも愛人にも愛想つかされた金持ちの話』」
「おやおや。では7日前は何を弾いたかな?」
「猿のお手玉歌」
6歳の女の子は、何故尋ねられているのか判らないふうであったが、すらすらと答えた。
彼はにっこり微笑んで、30日前に弾いた≪苺をお食べ、愛しい人≫というゆっくりした曲をひき始めた。
詩人はこうして、後継者を得たのだった。

その子は彼の話を「すべて」聞きたがった。語れることを語りつくすには、時間はいくらでも必要だったので、後継者を名指ししたあと、その子は子どもの仕事を免除される代わりに、彼について回り、世話をした。
いくつもの街を遠まわりせねばならない異郷にあっては、一族の生活は厳しい。
ドルイド僧に率いられる一族は、畑を必要とせず、日々の旅の一部を狩りや採集に使いながらゆけば、糊口をしのぐことはできる。それでも、金属を使った道具を手に入れたり、修繕には設備が要るときがあるので、現金も必要になる。
彼らは日のある時間だけ街に寄って、踊りや音楽で貨幣を得た。小さな村では、乞われて畑や牧草地に祭を行うことで、空いた放牧地を使わせてもらったり、鍛冶場を借りたりした。
だが「呪われたものたち」という評判を、神官たちが意図的に流した街や、為政者が「他所からくる芸人たち」を盗賊扱いする街もある。必然そういう街はさけて、城壁から離れた荒野や土手、森にキャンプをはらねばならない。
そうすると、街の者はますます、荒地や森なんかで平気で寝る野蛮人と言う。
それが偏見だと解っていても、なお、彼にも、一族にも、街に宿ることは禁忌だった。
後継者となった女の子は、それが不思議なのだろう。
「どうして町の人は、私たちを嫌なもののように見るの?」
理由を教えてくれという。
託宣の話を、そのうち彼女に聞かせねばなるまい。

詩人は悲しみの熾火を目の奥に宿しながら、夏至の夜の物語、大災厄のことを語った。誰かが鼻をすすりあげた。
幌馬車の円のなか、彼の曲がった背骨を支えるように、後継者が傍らに座っている。指関節の痛みを和らげようと、彼は袖のなかに手を入れて、彼女に囁きかけた。
「何か楽しい歌をうたっておあげ」
「はい、師父」
女の子というにはもう、ずいぶん背が伸びて、髪も伸びた。十年の月日の間に、一度見聞きしたことを忘れないで思いだせる力、また歌の上手いことでもって、彼女は自分の能力を証明してみせた。
笛の楽師にひとつうなずきかけると、彼女は歌いはじめた。
なじみの節回しに、柔らかな声が重なる。
焚火から放たれるあたたかさに、彼は半分眠りかけていたところだったが、歌の内容に目を剥いた。

『どうして街の者は私たちを嫌うのだろう。
私たちもいつか自らの地に返る。
≪大地の結び≫を得る王があらわれれば、
きっといつか自らの地に返る』
笛がメロディーをなぞって、鈴を着けた手拍子が軽やかに増えてきた。踊り手の一人が、進み出てお辞儀をすると、≪四人踊り≫のステップを踏む。
歌っていた娘がにっこり笑って後ろに引き下がると、誘われたように他の者たちもグループに一人、また一人と加わりだした。大災厄の物語をしたあとは、明るい歌や音楽を演奏する。目の奥の悲しみを和らげてはくれるが、踊り出すほど心を浮き立たせてくれるわけではなかった。これはこれまでには見られなかったことだ、と詩人の記憶が断言した。
詩人は袖のなかで拳を握りしめた。懸命に瞬きしてこらえていたが、どうにも目がチクチクする。
傍らに戻ってきた後継者が、彼の様子をうかがうように肩に手を置いた。
「師父。怒ってないですか」
「怒るなど」
とんでもない、と彼は首をふった。
「お前は≪詩人≫だ。物語を語り、知識を伝え、希望を与えるのは、私たちの責務なのだよ」
よくやった、と言うと、娘はおずおずと微笑んだ。
今までに無いことを物語ったり、歌ったり、奏でたりするのはいつでも勇気のいることだ。だが、旧来の事柄を受け継ぐだけでは、詩人は倉庫と変わりない。
彼は自らの責務に想いを馳せた。夢歩きは魂を危険にさらす冒険だが、託宣は更新されるべきではないのか。
次の≪流星の夜≫、聖なる森には各地に散った一族が集まる。そのとき、大いなる夢歩きを提案しようと、心に決めた。

(END)

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