サンタノベル:クリスマスの『りす』

(この作品はあくまでフィクションであり、実在の人物・団体とは一切全くこれっぽっちも欠片も関係はありません。創作SNS『創作王国』の冬季イベント用小説です。また全体的に大人のボカロ界隈向けのファンタジーです)
前編:クリスマスの『ク』はこちら

リストカットより気持ちイイこと、しよ!」
が、リッちゃんのお誘い。ワタシは手元の液タブを見て、残りコマ数を計算して、(リッちゃんはオミトオシだねー)と感心しながら『作業を保存』した。
「いーよ、このくらいなら。後で作業再開するけど」
暗くなっていくノーパソを閉じて、くるりと向きなおる。回転座椅子って便利。と同時に、リッちゃんが

「スウちゃんお散歩しよ!お・さん・ぽー♪」
「おぅふ!」

ワタシの腹に頭突きってくる勢いで抱きついてきて、ぐりぐりしてきたんで、こっちも報復に、癖のない髪の毛をぐしゃぐしゃにしてやりました。

時刻は夜21時過ぎ、ちょっと夜食買いにコンビニへ行くにはよい時間で、リッちゃんのお散歩大好きを手伝うのも良い気分転換。押入れを改造したワードローブのアコーディオンカーテンをあけて、

「今日は冷えるから、これ着なよ」

と選んだのは、フェイクファーの縁取りと毛玉のついたケープ付コート。布の色は紺で、ファーが黒。

「わーい♪ボンボン可愛いねえ」
「何合わせようかなー、リッちゃん甘ロリ系似合うよねー」
「ゴスも好きなのよ?」

とは言いながら、モヘアの灰色セーターに、白のプリーツスカート、防寒用に厚手タイツ……と選んだあと、ネイルは水色を塗ってあげる。きれいな形の爪を塗りながら、

「頭はツインテ?」

確認すると、

「ん。冬ミクちゃんがいい!」

って返事。
リッちゃんの衣装コレクションは、大概のボカロコスプレをカバーしております。
ダミーヘッドが一杯並んでるのをワタシがこっそり、『なまくび☆コレクション』と呼んでる、ワードローブの一角。
初音ミク用のは緑系と水色系とグラデのやつで3種あって、冬ミクなら水色です。

「冬ミクコーデってなら、アクセも雪モチーフかにゃー」

ネイルが乾くまで、リッちゃんは指を揃えてじっと、お行儀よく座って待っている。色白で、ほっそりしてて、目も(アイプチが無くっても!)パチッとクリッとしてて、本当にお人形さんみたいに可愛いのです。
コスプレ写真集にちゃんと『男の娘』って表示しててもファンがつくからにゃー。理由はただただ、この可愛さにあると思うのですよー。ミントの香りつきリップ(水色)を塗ってあげてる口元なんか、シワ全然ないの。ホルモン注射のおかげで、ヒゲなんてほぼ無いです。

来年さんじゅーなのに。
本名が『立志(りっし)』なんてご立派なのに。

かくいうワタシも同い年で、本名が『数子(かずこ)』というので、お察しの通りそれでスウちゃんです。

リッちゃんがプリーツスカートにリボン付きのメリー・ジェーン(26センチ)が似合う子なら、ワタシはジーンズにドクターマーチンのワークブーツでお出かけする子。
リッちゃんが冬ミクコスなら、ワタシはコートの上に蛍光色のパーカーもはおって、その頃にはネイルも乾いてお出かけ準備完了。

「待ってー、スマホ忘れたらダメ」
「ハイハイ」

万歩計つきミニゲーム。
歩数計でコインのたまる携帯ゲーム。
スマホの位置情報ゲーム。
家からでかける理由、一人でぐつぐつ煮詰まらないための理由を見つけるのが、ワタシは得意。

リストカットしないと誰か他の人をぶっ壊してしまいそうになるリッちゃんが、「トランス」って言葉を知る前に意味を調べてきたのは、エッチい同人漫画描きとして商業から声かけられてたころのワタシです。

マジで男から女に性別変更したい、ってほどじゃないけど、リッちゃんは「立志伝中の人のように」って意味でつけられた名前と、名付け親のお祖母ちゃんの期待が、自分に合ってないって知ってくるしかった。
ご両親は理解があって、でもどうしたらいいかまでは分からないまま、腫れ物に触るような感じで接してた。
リッちゃん自身、自分がどうしてほしいのか上手く説明できないから、さらに煮詰まって、とにかくリスカでぼうっとなるまで血を抜かないと本当にどうにかなりそうだったので。

夜の公園、(失血で)ふらふらしてた成績中ぐらいの(ただし特進科)『立志』と、スパコミ用の原稿の息抜きにきた商業科(独立後を見越して、会計知識が欲しかったのだ)の『数子』が、

「死ぬ気なら縦に切りなよね」

で出会ったのでした。

女装とかコスプレとかを皮切りに、ワタシは色々教えました。
百合はいいものだ。
男の娘可愛いよ。

「スウちゃんは、どっちのが好み?」
「リッちゃんがエロ可愛いほう!」

この名前で呼び合うようになって、いわゆる通常の男女カップルとはチト違う方向に工夫しながら、オツキアイも深まって参りまして。

「リッちゃんエロい事もしてみ?これ、テンガって言うんだ。こっちのはアネロス」
「魔女とその相棒みたいな紹介だねえー」

に始まって、コスプレ写真集(男の娘)はイベントごとに完売するようになり。私も商業デビュー後、リッちゃんモデルにしながら描いてたら、最近は男の娘エロでアンソロとかお声をいただくようになり。
今はこーやって二人して夜のお散歩。リストカットより気持ちいい、コスプレしてのお出かけ。たまに誰かの役に立つこともある、お散歩。

平和って、いいなぁー。
コンビニで肉まん買ってこーかなー。

とかシミジミしてると、リッちゃんが裏声でハミングしてた、夏の海がどうとかってボカロ歌が、ミュートになってた。

「ん?どしたん」
「あのヒトみて。目線が変じゃない」
「んー……ああ」

中古自動車屋のライトまぶしい展示場の隣が、ワタシたちの目的地、アナタの隣~♪のコンビニ。
今日は風ないけど、足元から冷えびえする夜だってのに。光の輪の外、お買い得ワゴン車の影からコンビニ内を見つめる男性が一人。お安いライトダウンの上着と、裏起毛系のズボンにワークブーツ。腕にかけた黄色いビニール袋の中身は6パックの缶ビールぽい。
暖房効いた店のなかにいけばいいのに、そうしないってか。
コンビニの中はと見れば、学生服の女の子が三人、パン物色中。前に停めた自転車はこの子たちのっぽい。お惣菜の棚に屈むようにしてラベル見てるのが、杖ついた爺さん(自治会で顔を見た覚えがあるから、ご近所さんだ)。後は……、飲み物コーナーの前で、カートに屈みこんだ店員と、横で何か言ってる、リュック片手に提げたパンツスーツ姿の若い女性。

最初の「んー……」で見てとったのがここまで。

それで、「ああ」と納得がいったのは、店員がちらっとこちらを見て、立ち上がったときだ。屋外で暗い場所なんだから、店の中から見えるはずのない位置の男が、急いで身を縮めたんだ。

リッちゃんがワタシの肩をつついた。
(あのひと、やましい意図がありますね?)
スマホの動画アプリ起動しながらワタシもうなずいた。
(あるんだろうね、きっとね)
ひそひそ声で、

「スウちゃんここ待機でいい?」
「うん。お店で通報たのんでね」

短いやり取りのあと、このままいくと男を背後から追い越しちゃうから、ワタシは一度まわれ右して、大通りにでる角をいっこ先へ。白アリ駆除会社の角を曲がって通りに出ると、コンビニに向かう。ハッキリ見えないけど、中古車屋がわには動きなし。
店に入ると、きりっとした顔立ちの女の人が、2リットル入りの水ペットボトルを片手で持ってレジカウンターにたどり着いた所だった。ワタシの蛍光緑色パーカーにちょっとびっくりしたように眉をあげたけど、すぐ店員に向き直る。

「駅前交番の番号は分かりますね。『地域見守り店舗』なんですから。だから言っているでしょう、あそこの中古車屋の影に男がいるって」

およよ、もう対処中?なら安心かな。
ってなりしかけたけど、店員さんは、

「ですがね、誤報だったら、その、アレですよ、うちの方としましては。……そのぅ、お客様の言う」

とか歯切れが悪い。これは誤魔化しにかかってるな。リュックを肩に引っ掛けた女の人の脇に立つと、ワタシは財布を出す振りしながら、言った。

「その男の人、見たから来たんです。不審者ですので、通報してください。一緒に説明しますから」
「えっ」
「えっ」

最初の「えっ」が店員さんの驚きなら、次の「えっ」は女の人の驚き声。誰かが助けてくれるなんて思って無かったのに、って感じの。
私の助け舟があったから、店員さんはすぐバインダーを引っ張り出して、駅前交番に不審者通報してくれた。その間、女性は会計済ませて、イートインコーナーでペットボトルをあけてる。ワタシは肉まんを買いながら「どうするのかな」って横目で見てたら、そのまま片手で口をつけて飲み始めた。
くり返します。
2リットルのペットボトルです。
2リットルの水は重さ2kgあります。
ワタシがあったかい袋提げてイートインに座ると、女性はボトルに蓋を締めなおして、

「ありがとうございます」

と頭を下げてきた。2kgが1.5kgくらいに減ってます。

「もうすぐオマワリさんくると思うんで、安心してください」
「地域防犯の方がいらして丁度良かった。助かりました」

お互いににっこり。

そう。
ワタシのパーカーは、自治会名と、『地域見守りパトロール』の白抜きネーム入り!
スマホの位置情報ゲームが始まった頃、夜間の不定期外出を変に思われないようにしたいな、じゃあ地域貢献ダネ!と、自治会で参加表明してもらったものだ。学校の登下校時間帯には立たない代わりに、夜間見回り兼お散歩を週4日。
リッちゃんは保育園と小学校、商店街の地域イベントでプリキュアー☆とかミクちゃーん☆とか常連だから、お散歩中のコスプレにどうこう言う人は居ない。男の娘だっていうのも、とやかく言ってくるような奴はワタシが黙らした。自治会の会計担当なめんな。会費滞納世帯は把握してんだ。
お姉さんがスーツの胸元から(あ、かなり平面)ケースを取り出し、そして

「今、仕事用名刺を切らしてて……、趣味用のしかないんですが」

とちょっと困った愛想笑いになった。
こういう時、何となくわかっちゃうのは『オタクの勘』という奴だかなんだか。

「あー、どんなんでもいいですよー。私のコミケ用名刺なんて、一般の方はちょっとひいちゃうし」

フリル付きドレスの美少女が、股間からにょっきりで汁だくでR18な絵デス。モデルは今、中古車屋の駐車場から2メートル離れた電柱の影で、不審者を見張ってます。

アハハハー、っという笑いは両方があげた。
ブルータスお前もか、的な。

「実は私、ボカロPやっておりまして。そっちのしか今は……」
「え、本当ですか!私も、趣味で、ボカロ絵を支部にあげたりしてるんですよー」

社交辞令抜きで声が上ずっちゃった。

支部ってのは、ピクシブの略語で、あらお姉さんちゃんと通じてるのね。

ご同類デスね。
そういうやり取りをしていたら、窓の外に動きがあった。自転車を停めて、交番からきたお巡りさんが軽く敬礼してくる。
会釈を返してたら、オマワリさんがさっと背中を向けて駆けてった。
分厚い窓があるので音声無し。ただ、映画ポスターごしに見える闇の中に、水色のツインテールが動いた気がして、

「お姉さん、ちょっと待っててください」

ワタシが腰を浮かすと、お姉さんも立ち上がった。

「あ、いや、私も状況説明しないといけないかと」
「はい?」
「心当たりというか、顔見知りの犯行だからです」

ぱたぱた走るワタシと、タッタッタで軽く先行するお姉さんがたどり着いてみると、満面スマイルのリッちゃんが

「かくほー♪」

ってピースサインしてた。男性の腕をねじり上げた格好で。お巡りさんがこっち向いたとたん逃げようとした男を、タックルからのナントカカントカ(格闘技用語は分かりません)でつかまえたんだって。
コスプレのリッちゃん、またの名を変質者ホイホイ。好きなゲームは美少女格闘とポケモンで、本人もコマンドナントカとシロップみたいな名前の何かをやってる男の娘です。
事情説明につきそってみると、男は本日付で元彼氏になったとかで、ビニール袋には缶ビールとカナヅチ(パッケージは外してあります)が入ってて、未遂とはいえ傷害の意図があるわけで。お姉さんの発言をきいて、
「善良な市民としては言っちゃダメな発言」
をしちゃったわけで。今宵一晩お泊りの上、書類送検と相成りました。
女の人はその間、冷たい目で男性を何度か見たけど、それ以外は完全に無視。お巡りさんへの説明も、スライド資料を作ってあったんかいと思うくらい立て板に水。そして怖いくらいにKY。
3駅向こうの健康ランドまで走っていく、というジョギング強者のお姉さんが、別れ際にくれた名刺には、「ボカロ作曲・編曲・調教」とある脇に、

「デブトロンP」

と、サイトアドレスとGメールのメルアドが書いてあって、リッちゃんは軽くのけぞりました。
スウちゃんは、

「SNSでフォローしてます!フレンド申請していいですか!」

とテンション上がりました。

「いいですよ」

リュックを背負いなおすと、デブトロンさんは軽くアキレス腱のばしをしてから、夜の街路へと走り出していったのでした。

第三話:クリスマスの『ます』はこちら

(この作品はあくまでフィクションであり、実在の人物・団体とは一切全くこれっぽっちも欠片も関係はありません。次は『クリスマスの『マス』』を掲載予定です。)

この作品は、クリエイティブ・コモンズライセンス-表示4.0にて、著作権を事前に開放してあります。
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。

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