スピンアウト作品:全感覚

≪抱き合ってる時が一番落ち着く≫

と言われると、はたしてそういうモノかな、と言い返したくなるのがマリュフの性格。
ただこれは、言われる、というより伝わる、と表現したほうが的確な状態だ。何故なら。
抱き合ってる相手は人間のオトコではない。というより人間でなく。数えるのが面倒だが、本人の自己申告によると、48本の触手が数か所で結節している異種族。

口から出た声ではなく、直接、耳の横に当てた≪手≫が言葉を伝えてくる。だから先の一言は、言われたというより『伝えられた』言葉。

一番最初に出会った時に、喉の腫瘍を取り去った時と同じ。彼女は全裸で、彼は異種族の姿で、絡み合っている。何処に頭があるのか不明だが、マリュフ自身の身体にはどこにも重さがかかっていないから、彼が下から支えている、と言ってよいのだろう。伝えられる言葉は、耳元で話されるより明瞭だ。
彼であって……それ、とは表現しにくい。≪ナナノナナエニヒトツカケ≫は明らかに男性的だ。
「なんで?」
≪全感覚で感じていられるからね≫
「よくわからん」
全部って何だ?と思ったとたん、肩の後ろでそろり、と一本の≪手≫が動いて、首筋の後ろがわを覆うように張り付いた。

≪経験してみる?俺と同じように≫

無言でうなずくと、皮膚が触れ合った場所に、ほかの液体が触れる感じがして、数秒でそれは消えた。麻痺した皮膚のなかに、もっとも細い≪手≫が入り込んでくる違和感はあるが、痛みではなかった。
≪目は閉じててなー≫
言われた通りにすると、最初に感じたのは、温かさの感覚と重さだった。
瞼は閉じていたのに、マリュフの手と、何本かより合わせてヒトの手に近づけた白い≪ナナノナナエニヒトツカケ≫の手が見える。
汗の水分、体温とともに空気に散ってゆく匂いの粒子、褐色の皮膚の下にある温かさと色と、流れる血液の音。触れた部分の圧力と、皮膚の段差に感じる摩擦と味。それは穏やかな赤色を伴っていて、同時に燐光を発していた。
「私が光って見えるのか」
マリュフの発した声が、空気を震わせて全身の皮膚に感じられる。それは振動で、淡い色で、網のように投げかけられてすぐに消える、花の蜜のように薄く甘い。温度はほとんど変化しないが、空気の震えは余韻をもって全身にいきわたった。
同じ空気の振動を受けて、≪ナナノナナエニヒトツカケ≫がさざ波のように喜んだ。
≪同時に見えるし、圧を感じるし、味わって、聞こえる。君は日差しより穏やかな光≫
指の間の白い≪手≫が、そっと握りしめてきた。ほぼ無意識に、彼女はその≪手≫を引っ張り上げ、指先に口づける。
自分の唇が感じたものと、≪ナナノナナエニヒトツカケ≫が感じる全感覚は、量が桁違いだった。
それは柔らかさであり、皮膚が発散する匂いと、呼気の温かさ、体温、二人の抱き合ったあとに残っている体液の味、朱鷺色とが混じっていた。彼の≪指先≫がもつ感覚点の一点一点が感じ取る情報に、身体の奥に残っていた快楽がざわめいた。
小さく呻くと、耳の中で声が伝えてくる。
≪このくらい、感じてるってこと≫
「全部わかる訳じゃないけど、解った」
≪そりゃあよかった≫
指の間で、笑いの気配がする。声を立てない笑いが、思わずこぼれ出る。
「身がもつのか?」
≪もつよ。混乱、錯綜、分散か、それとも統一、秩序、摂理か……俺らは知的種族だ。怪物と呼ばれるローパーだのモルフォボルッカだのとは違うね≫
「怪物がずいぶん嫌いなんだな」
≪あったりまえ、でしょ。全感覚を感じとるのは俺の知性。知性は感覚を統一する。秩序だてて、摂理をもって治める統治者。それが知性の役割だ。モンスターどもは、感覚の奴隷になってる。分散した欲求に振り回された、劣化種族だ≫
その言葉に憤りと自負を感じて、マリュフは口元が緩む。
「確かに、お前は賢いし、面白い恋人だよ」
≪マリュフは全感覚でゆーと綺麗で美味しい恋人だな≫
「……目をあけてもいいか?」
瞼を閉じていても視覚があるのは、便利ではあるが、慣れないものでもある。
≪ちょっとまってて、今抜けるから≫
言葉が終わると同時に、首の後ろ側に空虚な感じが生まれた。そして、ごっそりと何かが失われる感じも。
瞬きして、星明りだけの室内を見る。
その時、共に起こる感覚が「無い」ことに、愕然とした。ほんの短い時間だったのに、≪ナナノナナエニヒトツカケ≫が全感覚と呼ぶ感じ方に浸ってしまっていた。
その喪失感は、相手にも伝わったらしい。
≪俺がヒト男性の形をとらない理由分かった?≫
「……うん」
≪形を同じように作りかえたら、特別頑張らない限り、同じようにしか感覚できん。それはそれで悪くはないんんだがー……≫
「面白くない、んだろ」
≪あったり。マリュフがこの姿を嫌がらないんで嬉しいよ≫
さざ波のように、小さく喜びに震える≪手≫が、マリュフの腕に数回巻き付いて、抱きしめた。
「なぁ」
この動作にも、彼は温かさと圧力と触れる皮膚の音と光を、味わいながら吸い込んでいるのだろうか。
≪なぁーにー?≫
「嫌じゃないが、そのうち特別頑張ってみないかな、と思う」
ぞくぞくと背骨を駆け上がってくる官能を感じながら、口元に置いたままだった、指と絡めたままの≪手≫の先端を。舌先をひたり、と押し付けて、舐めあげる。
感覚点の集積した場所を。
≪っ……!……!!≫
油断した、とかそういう意味らしいイントネーションが、快感をこらえてくぐもった音に隠れて伝わってきた。
ついさっき感じていた通りなら。
男たちが性器の先端と、舌と、眼と、耳と、鼻とで感じるすべての感覚を合わせて増やしたように、感じているんだろう。48本も、そんなに感じやすいのに。それでも君に触れずにいられない、という恋人。
3年でいいから一緒に居てほしい、と切望をこめて見つめる瞳。

「そうしたら」

恩義でもなく。
興味でもなく。
私もその手を放せなくなると思うんだ。

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