スピンアウト作品:山に住みたい魚の話 1

三日目の昼間、小さな戦闘があった。魔力剣を起動する必要もない、地鬼族の遊撃グループだった。銅貨数枚を数えて、怒矮婦は舌打ちした。夜間の見張りには何事もなく、穏やかな初秋の夜が過ぎて行った。
そして四日目の正午に、ダンジョン入口についてしまえば、そこはもう昼も夜も無い。戦士二人が前衛、魔法使いと僧侶が後衛に立つ。
「5、6人で安定した構成のグループもありますが、僕たちはこれが基本です」
≪魔力の光≫が込められた杖をもったテイ・スロールが説明しながら歩く。
「はい」
「僧侶は忙しいですよ」
「はい。メバルに任せると良いのだ」
メバルも杖を構えているが、片手には水袋が握られていた。
第一階層から、灰色のリス(ただし大きさは子犬並)が群れで襲い掛かってきた。目的素材を持つのは別種族、危険なアンデッド≪骨溶き鬼≫。
重装備のヨアクルンヴァルがハンマーを振り牽制する間に、ボリスの魔力剣が、薄緑色の霊威を帯びて光った。「≪護り盾≫よ」
硬質な空気の壁が、四人の身を守るように下りてきた。動きを妨げない、神聖呪文の防御。
大きな尾をばねのようにして跳ねあがった≪灰色栗鼠≫が3体。2匹を魔力剣が斬った。残る一体がむき出しの黒い肌に牙を立てる。突き出されたハンマーに、その1体は跳ね飛ばされた。そのとき、テイ・スロールの呪文が解放された。
「≪眠り≫よ」
跳ねあがる直前に蹴り飛ばされた2体と、床に落ちた1体が呪文に眠らされる。動きを止めなかった1体を先に仕留め、眠りこけた3体を始末するのはたやすかった。
「先ず傷を、見せると良いのだ」
「アタシは無いよ」
「これだけです」
ボリスが顎で示した先、肩あてのわきに噛まれた傷がある。メバルの金色の目が瞬きした。
いちばん小さな≪傷封じ≫呪文を使うのだろうか?
僧侶は、ナップザックの脇ポケットから小さな貝殻の軟膏入れと、小さな布きれをとりだした。布で出血を拭い、もう一方の手で薄緑色をした半透明のクリームを塗りつけると、布の端で自分の指を拭ってまた貝殻をしまった。布も、別の脇ポケットに押し込められた。全て手探りだけの流れるような動作、何もかもがどこにあるか分かっている治療師の手練だった。
「化膿止めで、十分なのだ。メバルは、魔力を使わなくていいときは、使わないのだ」
そういうと、笑顔で水袋をあおった。
灰色栗鼠の持っていたものは、≪苦い胡桃≫と呼ばれるもので、魔力素材ではないが、季節がら調理人に人気があると分かった。ヨアクルンヴァルの眉が持ち上がる。
第二層に降りる直前、『そいつ』が壁の内部から現れた。冷気とともに実体化した≪骨溶き鬼≫は1体。干からびた骨の色をした分厚い外皮と、腕の付け根から伸びる恐ろしい触手。2足歩行するヒト型アンデッドとしては、屍食鬼(グール)が少し大型になった程度だが。
「あの触手には、注意するのだ。串刺しにされると、骨を溶かして吸い取られる」
メバルが注意を促した。
「刺される前に、切ればよいということです」
「こいつの溶かし残しに用があるのさっ」
前衛二名がにじり出たとたん、≪骨溶き鬼≫の冷気がマントのように広がった。女僧侶の杖から、霧のようなものが舞い上がる。冷気と触れあうと、霧は膜となって冷たい渦の進行を阻んだ。
「≪酸の雨≫か≪衝雷≫は?」
テイが杖を構えて頷く。
「≪衝雷≫よ!」
≪骨溶き鬼≫の頭部めがけて、光と音がさく裂した。鎧の上をすべった触手を、逆に重装戦士が抱え込む。のたうつ触手に、魔力剣が叩き込まれた。相手の意図を知った魔物は、一番近くに居る生き物、ボリスの胴体を狙って鉤爪を振り上げた。
「≪傷封じ≫」
一瞬の熱さを感じて切り裂かれると同時に、傷は消えた。二、三回剣をふるってやっと、一本の触手が断ち切られる。鎧の隙間から入り込む触手を、文字通り体を張って抑え込んでいた重装戦士が、骨に受けたダメージに呻きながら、ハンマーを振り下ろした。
「≪炎の矢≫よ!」
火箭は目くらまし程度だったが、顔の前にきた矢を払いのける間に、ボリスが一度距離を取る。その間隙をぬって、魔力補強を受けたハンマーの一撃が、魔物の膝を打ち砕いた。
「≪傷癒し≫よ」
魔物の懐に飛び込んだ軽装戦士の背に、残る触手がたたきつけられる。骨折もあり得るダメ―ジは瞬時に癒えた。冷気が全身にまとわりつき、皮膚の下へと毒を生成する。構わず斬りつけ、一ステップ下がって逆さ袈裟に斬りあげた。皮膚の下で、痒みに似た熱さが生じている。毒の回りきるまえに、ボリスはアンデッドのもう一本の触手を切り落とした。
反対側でハンマーを振るった女戦士が、≪骨溶き鬼≫の膝関節を両方破壊する。尻もちをつく形で後ろに座り込んだ魔物の頭部を、ハンマーの一撃と魔力剣の斬撃が破壊した。
ボリスに≪解毒≫の呪文をかけたあとの僧侶は、ヨアクルンヴァルの傷を確認したがった。
「ゆっくり、肩をまわすのだ。そうだ。ゆっくりなのだ。上半身を、同じようにゆっくりひねる。ゆっくり、息しながら。そうだ。教えて、痛いところ。それと、力の入り加減がおかしいところ。どこ?」
メバルは問診しながら、筋肉の動き一筋一筋を確かめている。ラムスキンの手袋をしたままでも、解るもののようで、ややあって≪傷癒し≫の呪文を唱えた。痛みに緊張していたヨアクルンヴァルの丸顔がほころびると、メバルは励ますように微笑んだ。
「骨溶かされてる。ここの肋骨のところだ。筋肉のうけた傷は、治した。でも、骨は長い時間かけてできたものだから、ゆっくり療養しないと、戻らないものだ」
テイ・スロールが息をのむ音が、やたらと響いた。そんな音は聞こえなかったかのように、ヨアクルンヴァルは自分の脇の下をさする。
「動くには問題なさそうなんだけどねえ」
「はい。骨がもろくなっているだけ、なのだ。無理はいけない。強い衝撃うけたら、折れる」
女戦士が嫌そうな顔になった。メバルは一度水をあおってから、つづけた。
「でもメバルは僧侶で、医術も知る。ヨアクルンヴァルが頑張れる間は、支える。ヨアクルンヴァルはもともと骨が強い。まだ、頑張れる」
そういうと、メバルは水袋から最後の一口を飲み干し、ふぅっと息を吐いた。注ぎ口に残っている水滴を目ざとく見つけ、さっと口づけて舐め取ると、ボリスと目が合った。
「聖ドデカス様がおっしゃるには、『無駄をしない精神は、勤勉の美徳』なのだ」
「はあ」
「≪水造り≫に使う魔力も、少なくても無駄にしないのだ」
「そうですか」
心なしか胸を張る女僧侶の舌は、薄いピンク色だった。
二層目でさらに2体を仕留め、他の魔物も4体返り討ちにした。
「≪青ヒスイ≫が2つ、≪セディの茎≫が3本、≪セディの球根≫が1個、銀貨35枚」
怪我は癒えてるしまだいけるかね、とヨアクルンヴァルは上機嫌だ。依頼品の個数は指定なし、数に応じて褒賞がもらえる。
三層目に降りたところに、≪骨溶き鬼≫が5体居た。距離はまだ遠いが、気づかれるのは時間の問題だろう。階段の影に引っこんで、4人は作戦会議を開いた。布をかけて光を弱めた≪魔力の明かり≫の下、テイ・スロールが、「僕の≪酸の雨≫で弱らせましょう。あの距離なら、最接近するまでに2発いけます」と言った。
「それとコレの出番だね」
ヨアクルンヴァルは、腰に吊ってあった小型石弓を取り上げた。遠くに居るうちに、できるだけ相手を弱らせ、近寄らせないうちに倒したい。
「近づくのを、遅らせるのだな?」
メバルが、背嚢の奥深くを手探りして、コルク蓋のついた硝子の筒を出してきた。コルクが抜けないよう、今は麻紐でくくってあり、4分の3ほどのトロリとした透明な液体が中に収められている。
「何ですか、これ」
ボリスの問いに、麻紐をほどきながら、メバルは少し恥ずかしそうに答えた。
「肌の乾燥を防ぐ、ジェルウォーター。他所の土地では、ドゴン族の必需品」
「はあ」
「ここのダンジョン、岩の床だから」
卵の白身のような音を立てて、ジェルが床に落ちた。ブーツのつま先で伸ばしてみて、メバルが微笑む。
「すごーく滑るようになって、走りにくくなるのだ」
「アンタの使う分に予備はあるんだろうね?」
ヨアクルンヴァルは乗り気だ。
「大丈夫なのだ。もう2本と、保湿クリームも別に持ってる」
「準備万端だね」
「聖ドデカス様がおっしゃるには、『乾燥はお肌の敵』なのだ」
胸元の≪象徴≫に手を当てて、ひとしきり祈る僧侶に、他の3名もならった。聖人の知恵は、美肌だけでなく魔物退治にも役立ってます。
5体のうち、3体を呪文三撃と、弓矢が止めた。残る2体が足を滑らせて転んだところに、薄緑の魔力を帯びた剣が叩き込まれる。斬撃数回分遅れて、ハンマーの打撃も加わったが、その横を、触手と腕だけで這って通り抜ける1体がいる。
「≪衝雷≫ッ」
弾ける光でも止められなかった。鉤爪の向かう先に、メバルが居る。
僧侶の白いローブが翻った。脇に避けたのではなく、ジャンプして胴体を跳び越したあと、杖の一撃も後頭部にお見舞いする。
「メバルは大丈夫。1体ずつ、確実に仕留めるのだ」
「……みたいだ、ねっ!」
ヨアクルンヴァルは鋭い呼気とともに、ハンマーを操りだす。肌の下に毒が生じる感覚があるが、それは後ででも癒せるものだ。目の前の動く魔物は、今止めておかないと。
5体全てを倒し、さらに2つの≪青ヒスイ≫を得たが、ボリスが右肩の肩甲骨と関節の骨を溶かされ、ヨアクルンヴァルはさらに足と腰骨、メバルも左の手首関節を痛めた。
潮時だよ、と撤退を宣言する怒矮婦に、全員が同意した。
戻る道に魔物は出没せず、メバルが水2袋を空にする頃、一行は地上に出た。既に夜空が広がり、地平線にはわずかに赤い残照が残るばかり。
まだ光を残す≪魔力の明かり≫が切れるまでの4分の1刻だけ歩いて、そこでキャンプを張った。
主にテイ・スロールが雑用と食事の準備(干し肉と塩、メバルが採取しておいたチイラという野菜を、千切って沸かした湯に放り込むという崇高な行為)を引き受け、最初の見張りを担当した。戦士二人は早々と寝袋に潜り込んでいる。
焚火の熱が届かない場所で、メバルも寝袋の上に座り、手袋をとった。青みを帯びた灰色の肌が現れる。
ヒトなら「しっとりした」「なめらかな」と形容しそうなものなのに、悲しそうに眉を寄せて撫でると、彼女は保湿ジェルウォーターを両手に刷り込んだ。さらに掌にとり、顔と首にも塗り込む。膝上丈のロングブーツで覆っていない場所は、寝袋に入ってからにしよう。
そう思ったのは、火の向こう側から凝視している若者に気づいたためだ。
「何かな、テイ・スロール?」
無礼かも、と慌てて目をそらした魔法使いは、ひとつ咳払いをした。
「その、失礼でなければ、それ、指のあいだの、それは?」
「ああこれ」
指を広げてよく見せてやる。指と指の間に、ヒトよりも半インチほどの広さをもつ、色の薄い皮膚が広がった。
「聖ドデカス様がドゴンを創造された、その祖はお魚だ。これは、ヒレの名残」
今飛んで行ったぶんの水分を補おうと、もう一度ジェルウォーターを刷り込みながら続ける。
「足にもある。私の種族、雨の降らない日がある国は、苦手だ」
「……ク・タイスには、晴れた日があります」
雨の降る日は少ない、という言い回しを避けた思いやりに、 メバルは微笑む。
「うん、知ってた。聖ドデカス様が言われるには、『限界を知るには、自ら試すよりほかはない』と。メバルは、この乾いた土地でうまくやれるって、証明したいのだ」
「できるといいですね」
「有難う」
水袋を1/3ほど飲み干しておやすみを言い、僧侶は眠りについた。

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