1番楽な死に方らしいという画像について

今も妹(自死した)と、おそらく
『彼女が本当に真剣に相談したかったこと』を
語りつくせなかった会話のことを、
思い起こします。
心臓に、永遠に刺さったとげの一つ。
そして、「なぜそのとき、家庭内で唯一相談相手に選ばれた私は、相談にもっと身を乗り出す精神的余裕が無かったのか」について。
直接要因は、失業時代だったから。
遠因は、自分の児童期に受けた性的虐待。
両手に穴の開いたバケツを抱えて、水を飲もうとしてて、他の人に水を渡す余裕が無い。
家庭内で自殺者がでるということ。
それは、ある側面から見ると『歪みだらけの人間関係のなかで、一番弱いやつが自壊せざるを得ない』ということ。
私が『毒になる親』を読んだ理由。

怯えながら、心臓を抉られるような気持ちになりながら、必要に迫られて、『生きる勇気と癒す力―性暴力の時代を生きる女性のためのガイドブック』を読む理由でもあります。

性的な事柄を、まじめに、茶化さず、向き合える親たちであったなら、もう少しティーン時代から青年期のすごし方は違ったかも。知れません。
でも、『そうではなかった』。
なら、自死せずに生き延びるには『どうしよう』。
知は力なりとは、こういうときに言うのでしょうか。人間不信も手伝って、書物と創作物にストレス解消とエネルギーを求めるようになりました。

これだけなら、まだ何とか『サバイバーの切身魚は、がんばって生き延びました』という美しいお話ですね。
でも、現実は『そうではない』のです。

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